久々の投稿です。
またまた首相の辞任劇があったり、いろいろ後ろ向きな状況が続いております。
もしも私がその立場だったらとして、いろいろ言いたいこともありますが、
それは別の場所でと思います。
一部関心がある方ならば、ご存知かと思いますが、JAXAが小惑星のサンプルリターンを
試みていた、人工衛星「はやぶさ」の動向についてです。
一時は、満身創痍の状態で、軌道修正が困難であった状況が続きましたが、
なんとか、今月中旬に、地球へ帰還する見込みができたそうです。
アポロ、スペースシャトルや、ソユーズ、中国の有人飛行船の実績だけをみれば、大気圏外に
一度出たものを、帰還させること事態は実績あることかもしれません。
ただ、今回のものは、それらとは軌道が全く異なり、地球との距離も相当離れたものであります。
人工衛星は、当然無人探査機であります。
地上との交信は、電波によって行います。電波の伝搬速度は、光と同じく、約一秒間に
地球を7周回半する速さであります。
ところが、はやぶさの場合は、最も遠いところでは、送信受信の往復で数分程度かかるところにあります。大きな問題が衛星にあっても、地上が気がつくまでには手遅れになるケースもありえます。
そんな状況だからこそ、困難を乗り越えて、帰還の見込みが立つようになったことは
一つの大きな期待があります。
はやぶさがもたらせた、科学的な成果は、どんなものになるかは全くわかりません。
ただ、それを実行するうえで、一つ一つ過程をきちんと奮闘した結果であるならば、
結果には、無数の可能性をもってくると思います。
喜ぶのはまだもう少し、じっと見守っていたいところです。
2010年6月5日土曜日
2010年3月23日火曜日
就職内定率80%って
先日、日本の高校生や大学生の就職率が、80%を切ったとの報道がありました。
割合で見れば、5年前や私が就職した13年前の氷河期と呼ばれた頃と、同水準ですが、
その時とは分母の人数が違う訳です。ただでさえ学校が定員割れになり経営が厳しくなっていた
世代ですから、企業が受け入れられる採用人数も、本当に狭き門になっているわけです。
右肩上がり時代の就職協定は、過去のものになった現在、大学生では、3年次から企業周りを
始めることが常識になりつつあります。
私もその世代を相手に、面談をしたことがありますが、「学校で学んだ専攻で、どの教科や分野が得意、または興味がありますか?」の問いに対して、「専門教科はまだ受けたばかりなので、とかまだゼミや研究室を決めてないのでわかりません」ということが目立ちました。
ちょっと絶句だったですが、気を取り直して質問の仕方を変えました。「どうして学校に入って、この専攻を受けたいと思ったのですか?、それを生かして、5年後、10年後どのようになりたいと思っていますか?」と。
意外にも、真意か、建前のせりふか、それなりに答えられる人が多かったのです。
後で知ったことですが、面談を受けた人は、書類選考の結果で来られた人ばかりだったのです。
うまく早期に内定を取り付ければ、後は勉学に研究に力をいれればよいですが、ここ最近は
3年生から活動して、卒業前まで就職先探しされている人が多いのが実態です。
本来、大学等は、就職斡旋機関が目的ではない訳です。
そのためか、最近入社される方に目立つのは、本質を深く考える部分や、おかしいと思ったことに疑問を持たない傾向があります。口癖は結果はこうなるはずだから、、、。
広く浅くで、経験が薄い部分だから仕方ないですが、目先の結果ばかり追わされている結果なのかもしれず、若いのに残念に思います。
私は自分が新人だった頃に、周りの人に恵まれたのかもしれません。お陰で、相互理解をもってご指導いただいたり、いろんな経験をしたり、失敗しても一緒に考える時間を作って貰えました。
私が現在、その先輩と同じ年代や立場になった時に、その経験を元に、後輩への動機付けや相談などで、組織になじみやすいように恩返しをしております。
いざやってみると、結構辛抱があることですが、人はそれぞれ考え方が違いがあり、自分の価値観を押し付けるのではなく、「なんでそう考えたの?」って聞く耳をもちますと、なかなか面白い。
「人に教えること=自分が教わること」だと思って楽しんでいます。
そのように、血の通ったマネージメントは、結果を急ぐ次代にはそぐわないのかしら?
私の提言ですが、企業は即戦力で、必要な知識や経験を求めるのであれば、在学中から
卒業見込みで就職活動を受け入れるのではなく、ちゃんと卒業できた人を募集すべき。
企業に興味がある人のために、在学中に職場経験を受け入れ、年の近い社員が一緒にフォローする門戸を広げるべきではないでしょうか?
ドイツやフランスでは、卒業してから職を決めるのが当たり前になっています。
また、採用試験などでお断りされた際は、きちんと理由を伝えるべきです。
あくまでも、その人の人格を否定するわけではないからです。
そのことが、企業と学校のお互いの質を上げていくのではないでしょうか?
現在は、どちらも質が落ちる一方で、生産人口が増えず悪循環です。
割合で見れば、5年前や私が就職した13年前の氷河期と呼ばれた頃と、同水準ですが、
その時とは分母の人数が違う訳です。ただでさえ学校が定員割れになり経営が厳しくなっていた
世代ですから、企業が受け入れられる採用人数も、本当に狭き門になっているわけです。
右肩上がり時代の就職協定は、過去のものになった現在、大学生では、3年次から企業周りを
始めることが常識になりつつあります。
私もその世代を相手に、面談をしたことがありますが、「学校で学んだ専攻で、どの教科や分野が得意、または興味がありますか?」の問いに対して、「専門教科はまだ受けたばかりなので、とかまだゼミや研究室を決めてないのでわかりません」ということが目立ちました。
ちょっと絶句だったですが、気を取り直して質問の仕方を変えました。「どうして学校に入って、この専攻を受けたいと思ったのですか?、それを生かして、5年後、10年後どのようになりたいと思っていますか?」と。
意外にも、真意か、建前のせりふか、それなりに答えられる人が多かったのです。
後で知ったことですが、面談を受けた人は、書類選考の結果で来られた人ばかりだったのです。
うまく早期に内定を取り付ければ、後は勉学に研究に力をいれればよいですが、ここ最近は
3年生から活動して、卒業前まで就職先探しされている人が多いのが実態です。
本来、大学等は、就職斡旋機関が目的ではない訳です。
そのためか、最近入社される方に目立つのは、本質を深く考える部分や、おかしいと思ったことに疑問を持たない傾向があります。口癖は結果はこうなるはずだから、、、。
広く浅くで、経験が薄い部分だから仕方ないですが、目先の結果ばかり追わされている結果なのかもしれず、若いのに残念に思います。
私は自分が新人だった頃に、周りの人に恵まれたのかもしれません。お陰で、相互理解をもってご指導いただいたり、いろんな経験をしたり、失敗しても一緒に考える時間を作って貰えました。
私が現在、その先輩と同じ年代や立場になった時に、その経験を元に、後輩への動機付けや相談などで、組織になじみやすいように恩返しをしております。
いざやってみると、結構辛抱があることですが、人はそれぞれ考え方が違いがあり、自分の価値観を押し付けるのではなく、「なんでそう考えたの?」って聞く耳をもちますと、なかなか面白い。
「人に教えること=自分が教わること」だと思って楽しんでいます。
そのように、血の通ったマネージメントは、結果を急ぐ次代にはそぐわないのかしら?
私の提言ですが、企業は即戦力で、必要な知識や経験を求めるのであれば、在学中から
卒業見込みで就職活動を受け入れるのではなく、ちゃんと卒業できた人を募集すべき。
企業に興味がある人のために、在学中に職場経験を受け入れ、年の近い社員が一緒にフォローする門戸を広げるべきではないでしょうか?
ドイツやフランスでは、卒業してから職を決めるのが当たり前になっています。
また、採用試験などでお断りされた際は、きちんと理由を伝えるべきです。
あくまでも、その人の人格を否定するわけではないからです。
そのことが、企業と学校のお互いの質を上げていくのではないでしょうか?
現在は、どちらも質が落ちる一方で、生産人口が増えず悪循環です。
2010年3月18日木曜日
ラグビーが好きなのは
私はいろんなスポーツを、やるのも観るのも好きです。
最近は、体力温存で観る方が多くなりましたが、、、。
その中で、特にラグビー競技に魅力を感じております。
日本では、社会人チームの運営や、競技人口の低下も聞かれますが、
ヨーロッパや、南半球ではプロチームとして盛んであります。
何故魅力を感じるかというと、大きくまとめて 以下の点です。
1)競技ルールや、楕円形ボールのため、攻撃で前進することが容易でないこと
2)チーム15人の中で、いろいろなタイプの選手が、連携してチームを組み立てていくことや
得点するチャンスがあること。
3)タイムアップ(試合終了)に伝えるメッセージが「No Side」であること。
1)については、ルールが難しいとも言われますが、ボールを持っている人が、前方に投げて
見方にボールを渡すことは反則。
ボールをキャッチする時に、前にこぼして落としたら反則。
だから、パスを出すほうも、受けるほうも、ボールを取り易いように投げるし、受けるほうも
投げやすいように工夫します。
また、ボールを持つ選手より、前進した位置で攻守に参加するのは、オフサイドの反則になりますし、タックルされて地面にボールをついてしまったら、ボールを放さないと反則ですから、
ボールを持っている選手がタックルでつぶされても、直ぐに後ろから見方が繋いでいけるように
援護射撃していきます。
2)については、攻撃でマイボールを前進するには、自分で先頭になって持っていくか、モールやラックと呼ばれる見方で集団を作り前に運んでいくか、不確定な回転をするボールをパントと呼ばれるキックで蹴り出すしかありません。
だから、攻撃もいろいろなパターンもあり、俊足を生かしてタックルを振り切って攻めるパターンや、集団で壁をつくり押し込むパターン、相手の守備を上手く交わすように、後方から援護射撃のようにボールを受け渡して攻めるパターン。
それらをやると見せかけて、フェイントで相手を揺さぶるパターン等、15人のチームプレイが欠かせない訳です。
チームによっては、攻守パターンに特徴の差がありますが、基本的に15人の選手全員が得点できるチャンスがあるわけですが、個人技だけではなかなか通用しないことも競技の特徴だと思います。
3)については、ゲームが終われば、勝負に関わらず、恨みっこ無しよの精神です。
確かに、一試合終われば運動量も沢山ありますし、ぶつかり合いもありますので、
80分間やり遂げたという感覚なのだと思います。
ラグビーを例にいろいろ考えさせられるのは、組織として何かを成し遂げるために、必要な考えが詰まっているのかと、改めて思ったからです。
なんとなく私が最近感じることは、個人の専門性や能力を悪い意味で固持してしまう方が
多いのかな?と言う事です。
極端な例では、「それは私の専門外なので、何もわからないし、できません」といわれるケースです。だけど、お客様に付加価値をつけて提供していく目標となるものやことは、一緒なのですが。と
思ってしまいますが。
やっぱり、目の前が精一杯で、冷静に見る余裕がなくなってしまったのでしょうかね。
仕事などの依頼の仕方を見ても、泥団子をぶち込むようなこと、いわゆる投げっぱなしのメクラパスや、上位からの依頼を、何も噛み砕かずにスルーパスや、ダイレクトパスっというのが目立つのですよ。
結果至上主義の弊害なのでしょうか? それともデジタル的な思考偏重なのでしょうか?つまらないですね。
最近は、体力温存で観る方が多くなりましたが、、、。
その中で、特にラグビー競技に魅力を感じております。
日本では、社会人チームの運営や、競技人口の低下も聞かれますが、
ヨーロッパや、南半球ではプロチームとして盛んであります。
何故魅力を感じるかというと、大きくまとめて 以下の点です。
1)競技ルールや、楕円形ボールのため、攻撃で前進することが容易でないこと
2)チーム15人の中で、いろいろなタイプの選手が、連携してチームを組み立てていくことや
得点するチャンスがあること。
3)タイムアップ(試合終了)に伝えるメッセージが「No Side」であること。
1)については、ルールが難しいとも言われますが、ボールを持っている人が、前方に投げて
見方にボールを渡すことは反則。
ボールをキャッチする時に、前にこぼして落としたら反則。
だから、パスを出すほうも、受けるほうも、ボールを取り易いように投げるし、受けるほうも
投げやすいように工夫します。
また、ボールを持つ選手より、前進した位置で攻守に参加するのは、オフサイドの反則になりますし、タックルされて地面にボールをついてしまったら、ボールを放さないと反則ですから、
ボールを持っている選手がタックルでつぶされても、直ぐに後ろから見方が繋いでいけるように
援護射撃していきます。
2)については、攻撃でマイボールを前進するには、自分で先頭になって持っていくか、モールやラックと呼ばれる見方で集団を作り前に運んでいくか、不確定な回転をするボールをパントと呼ばれるキックで蹴り出すしかありません。
だから、攻撃もいろいろなパターンもあり、俊足を生かしてタックルを振り切って攻めるパターンや、集団で壁をつくり押し込むパターン、相手の守備を上手く交わすように、後方から援護射撃のようにボールを受け渡して攻めるパターン。
それらをやると見せかけて、フェイントで相手を揺さぶるパターン等、15人のチームプレイが欠かせない訳です。
チームによっては、攻守パターンに特徴の差がありますが、基本的に15人の選手全員が得点できるチャンスがあるわけですが、個人技だけではなかなか通用しないことも競技の特徴だと思います。
3)については、ゲームが終われば、勝負に関わらず、恨みっこ無しよの精神です。
確かに、一試合終われば運動量も沢山ありますし、ぶつかり合いもありますので、
80分間やり遂げたという感覚なのだと思います。
ラグビーを例にいろいろ考えさせられるのは、組織として何かを成し遂げるために、必要な考えが詰まっているのかと、改めて思ったからです。
なんとなく私が最近感じることは、個人の専門性や能力を悪い意味で固持してしまう方が
多いのかな?と言う事です。
極端な例では、「それは私の専門外なので、何もわからないし、できません」といわれるケースです。だけど、お客様に付加価値をつけて提供していく目標となるものやことは、一緒なのですが。と
思ってしまいますが。
やっぱり、目の前が精一杯で、冷静に見る余裕がなくなってしまったのでしょうかね。
仕事などの依頼の仕方を見ても、泥団子をぶち込むようなこと、いわゆる投げっぱなしのメクラパスや、上位からの依頼を、何も噛み砕かずにスルーパスや、ダイレクトパスっというのが目立つのですよ。
結果至上主義の弊害なのでしょうか? それともデジタル的な思考偏重なのでしょうか?つまらないですね。
2010年3月15日月曜日
春霞、でも花粉症には堪えますね
今月になって、急に気温が温かくなったり、かと思えば名残り雪が降ったり。
いろんな意味で慌しいこの頃です。
ちょっと前まで、早朝は富士山が良く見えたのですが、ここ2、3日は、晴れ間でも空に
春霞がかかり、姿を現せないようです。
春霞には、大陸から運ばれてくる黄砂が、昔から知られておりました。
ただ、東京都内などでは、黄砂よりも杉花粉のほうが影響が大きいかもしれません。
私も花粉症ですが、寝るときも鼻水で鼻がつまり、よく眠れないこともあります。
春眠暁を覚えずと言われますが、今はそうは行かないようです。
実は、黄砂も杉花粉も、自然になったのではなく、先人の人為的な施策がもたらした、
後世にわたる大きな副作用となったと言われます。
中国大陸のタクラマカン砂漠も、数千年前までは、草木が生い茂る森林であり、当時の
皇帝が、急激に伐採をしたことが、砂漠化になったとのこと。
杉やひのきも、高度経済成長で、家屋建築で木材の需要を確保する目的で、大量に植林
されたのですが、気が育つ時間まで、日本経済が右肩上がりであると誤算があったのでしょう。
人間が自然の中で生き抜くための欲というものがあります。ただ、自然が起こすエネルギーは
到底人間だけでコントロールできるものではないことは、明らかなことです。
目先の欲に捕らわれて、人間が自然を支配するという部分が現われると、ご覧のような大きなしっぺ返しを被るのです。
地球環境問題もそうですが、自然現象とは、おそらくわかっていないことの方がまだ多いのではと
思います。だから、現在も科学者が調査する理由があるわけですし、自然現象とうまく協調する姿勢と言うのが、今後環境問題への一つの道筋かと思います。
いろんな意味で慌しいこの頃です。
ちょっと前まで、早朝は富士山が良く見えたのですが、ここ2、3日は、晴れ間でも空に
春霞がかかり、姿を現せないようです。
春霞には、大陸から運ばれてくる黄砂が、昔から知られておりました。
ただ、東京都内などでは、黄砂よりも杉花粉のほうが影響が大きいかもしれません。
私も花粉症ですが、寝るときも鼻水で鼻がつまり、よく眠れないこともあります。
春眠暁を覚えずと言われますが、今はそうは行かないようです。
実は、黄砂も杉花粉も、自然になったのではなく、先人の人為的な施策がもたらした、
後世にわたる大きな副作用となったと言われます。
中国大陸のタクラマカン砂漠も、数千年前までは、草木が生い茂る森林であり、当時の
皇帝が、急激に伐採をしたことが、砂漠化になったとのこと。
杉やひのきも、高度経済成長で、家屋建築で木材の需要を確保する目的で、大量に植林
されたのですが、気が育つ時間まで、日本経済が右肩上がりであると誤算があったのでしょう。
人間が自然の中で生き抜くための欲というものがあります。ただ、自然が起こすエネルギーは
到底人間だけでコントロールできるものではないことは、明らかなことです。
目先の欲に捕らわれて、人間が自然を支配するという部分が現われると、ご覧のような大きなしっぺ返しを被るのです。
地球環境問題もそうですが、自然現象とは、おそらくわかっていないことの方がまだ多いのではと
思います。だから、現在も科学者が調査する理由があるわけですし、自然現象とうまく協調する姿勢と言うのが、今後環境問題への一つの道筋かと思います。
2010年3月11日木曜日
2010年も、3月になりました。
つい最近まで、まだ冬の寒さを感じるこの頃でしたが、いつの間にか3月になってしまいました。
一月が新春と呼ばれるならば、気温が暖かくなり、草木が芽を出すころで、本当の春の季節なのかもしれません。
日本では、風習で、学校や企業なども、3月末が一年の区切りとしております。
そのため、3月末から4月初めは、別れと新しい出会いがある時期ともなります。
わたしの処遇には、特に興味は持っていませんが、よく考えれば、病気から復帰してなんとか
一年持ったのか。というのが、正直な感想です。
私のような症状に陥った人は、再発率が50%程度あると言われております。
本人の対応や、周囲の理解が得られなければ、なかなか回復が厳しいともよく言われます。
私も、復帰が難しいことを、この一年身を持って実感しました。
半年過ぎた時点で、不幸にも徐々に発病前の業務負荷に近づいてきたわけですが、
自分ができると思っている程、心身への耐性が備わっていないことを、身をもって実感しました。
自分でも気がつかないこともありましたが、一息ついたときの倦怠感が警告として表れていました。
食事も、腹八分目が丁度良いとも言いますが、生活についても同じでした。
以前できたことができない、ジレンマも多少ありましたが、自分が思っている程、周りはそれ程
気がつかないことが大半です。もちろん信頼関係が無いとは言いません。
多少ネガティブに思われても、自分からアテンションを出さないと、結局もとの木阿弥になる。
これは、マネージメントする側が経験者で無い限りは、本当にそうで、自分や主治医の判断を元に
念を押してでも、伝えなければならないと実感しました。
前向きに考えれば、今の状態で健康に生活するには、どうすればよいか?と考える切っ掛けにも
なったのかもしれませんし、いろんな観点で考えて手段を工夫すればよい。そう考えるようになりました。
これからどのような将来があるかは、誰もわからないことです。ただ、一年も病に襲われたこと
それが、結果として良い面が多かった。と言えるようにしていきたいと思っております。
一月が新春と呼ばれるならば、気温が暖かくなり、草木が芽を出すころで、本当の春の季節なのかもしれません。
日本では、風習で、学校や企業なども、3月末が一年の区切りとしております。
そのため、3月末から4月初めは、別れと新しい出会いがある時期ともなります。
わたしの処遇には、特に興味は持っていませんが、よく考えれば、病気から復帰してなんとか
一年持ったのか。というのが、正直な感想です。
私のような症状に陥った人は、再発率が50%程度あると言われております。
本人の対応や、周囲の理解が得られなければ、なかなか回復が厳しいともよく言われます。
私も、復帰が難しいことを、この一年身を持って実感しました。
半年過ぎた時点で、不幸にも徐々に発病前の業務負荷に近づいてきたわけですが、
自分ができると思っている程、心身への耐性が備わっていないことを、身をもって実感しました。
自分でも気がつかないこともありましたが、一息ついたときの倦怠感が警告として表れていました。
食事も、腹八分目が丁度良いとも言いますが、生活についても同じでした。
以前できたことができない、ジレンマも多少ありましたが、自分が思っている程、周りはそれ程
気がつかないことが大半です。もちろん信頼関係が無いとは言いません。
多少ネガティブに思われても、自分からアテンションを出さないと、結局もとの木阿弥になる。
これは、マネージメントする側が経験者で無い限りは、本当にそうで、自分や主治医の判断を元に
念を押してでも、伝えなければならないと実感しました。
前向きに考えれば、今の状態で健康に生活するには、どうすればよいか?と考える切っ掛けにも
なったのかもしれませんし、いろんな観点で考えて手段を工夫すればよい。そう考えるようになりました。
これからどのような将来があるかは、誰もわからないことです。ただ、一年も病に襲われたこと
それが、結果として良い面が多かった。と言えるようにしていきたいと思っております。
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