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2011年2月7日月曜日

雨降らないですね。

東京は、正月から連続して乾燥注意報が出ています。

そのためか、周りの小学校等では、インフルエンザの感染が蔓延してきています。

私も、正月の3ヶ日に受けてしまったですし、今も時々喉がおかしいときもあります。

日本海側では、大雪で大変なことになっていますが、関東地方は、日本の地形上
湿った空気は、上越国境の山々で遮られ、乾いた北風だけが降りてきます。

それにしても、例年ですと一度は雪に見舞われることもありましたが、ここまで
雨も降らないというのは、異常気象なのかしら?

うがい、手洗いでの予防、栄養を補給して、良く寝ることで、免疫を強くするのが
一番の策かもしれません。

もう少しすると、杉の花粉が舞い始める時期になります。このまま乾燥が続くと、
黄砂、杉花粉、インフルエンザのトリプルパンチ、沿え恐ろしい。
しばらく、マスクとのど飴は欠かせないものになりそうです。

2011年1月5日水曜日

2011年いきなりのハプニング

昨年、日本中でインフルエンザの脅威を感じました。
まあ、いろいろ予防策などが知られるようになっては来ましたが、

正月3ヶ日とくれば、どうしても人混みが避けられない事態があります。
初詣などの参拝となれば、それも、公共交通機関を使うとなれば
それなりに、マスクなどで予防していても、限界があるかと思いました。

そうです、私は3ヶ日最終日に、インフルエンザに襲われてしまったのです。
ほんの電車で40分間の間でしたが、突然寒気や喉が痛くなってきまして、
家に着いた頃には、歩くのも辛いほど、関節が痛くなってしまっていました。

思えば、電車で座っていた前の人が、やたら咳き込んでいたのを思い出しました。
その人はマスクはしていましたが、相当苦しそうに何度も咳き込んでいたので。
密集している電車、そして停車駅の間隔が長い電車では、なかなか厳しいかもしれません。

体温も家についたとき38度を超えていて、解熱剤でなんとか症候は落ち着きましたが、
インフルエンザで、意識がもうろうとするのは本当だと、改めて感じました。

気をつけないと

2010年12月7日火曜日

今更ながら、言葉にならない。

ここ数年、私の友人や先輩方から、暮れになると、喪中のご連絡を頂くことが増えました。

私自身の年齢からすると、同年代の方の親族にご不幸がある場合が殆どです。

こればかりは、生きている以上、どうしても避けられないことではあります。

私も、自分の親族について、以前から、日常生活に支障をきたす厳しい状況は
覚悟はしておりましたが、いざ事になると

やはり、、、。言葉にならない。
辛いけど、今はじっと現実を受け止めるしかない。

2010年12月3日金曜日

血圧上昇と、堪忍袋の緒が切れたとき

師走になると、やっぱり寒いし、どうしても身体が固くなりやすくなります。
私も、首や腰をストレッチしないと、一日苦しい日もあります。

 年末となって、年内になんとか蹴りをつけておきたい、そんな急く気持ちが高まる時期でもあります。

 そんな状況でしょうか、何かと血圧が上がる機会も多くなってきます。
もともと気の短い性分ではありました。
 まあ、以前にいろいろ、急いて突っ走って、気が参ってしまったのも、そんなところも
一つの理由でしょう。

 そんなことを繰り返さないように、復帰をする際には、怒りで物事が解決できるなら楽ですよね!って、ストレスを、冷静にユーモアをもって寛大に対応するようにしていました。
決して、消極的な泣き寝入りや諦めの気持ちではないつもりでした。

でも、明らかに間違っていることを、何度も押付けがましく言われたら、これはドライに、冷静に厳しく言うべきだと思います。
 この場合は、ガツンと言わなければわからないのだから。
場合によっては、喧嘩口調の口論になる場合もあるでしょう。いわゆる堪忍袋の緒が切れたと思われるかもしれません。
 任侠の世界では「喧嘩上等」と言って、口より体でねじ伏せるかもしれませんが、一社会人としては、そうはいかない事情があります。

 こうゆう時、流石に瞬間湯沸かし器の如く、血の気が上がってしまうんですよね。
でも、気をつけないと、ここ最近こうゆう時に、息苦しくなって、
くらっと立ちくらみになることがあります。
 元々血圧が高めなので、毎年産業医からも注意と改善を促されて、
気をつけないとまずいんですが。

 復帰したあとも、精神安定剤も服用していました。
一時は、量を減らしても大丈夫なようになってきました。がしかし、ここ数ヶ月、どうも不安定になり
安定剤も欠かせなくなってきました。

 そのためか、一日の中で、気分のムラと、突然の睡魔に悩まされることが多くなってきました。
最近はどちらかと言うと、朝と、夕方は、気分が高まって、昼間は何言われても、上の空に
近い状態になることが多いです。
 家に帰る頃は、何故かぐったり状態です。鏡を見ると表情が固いと気付かされました。

もう一回リセットが必要なのか? 自分でもよくわからない。どうなってしまったのか、、、。

2010年11月30日火曜日

薬剤治療の現状と怖さ

精神科や心療内科では、治療のひとつの手段として、
医師の処方箋を元に、精神安定剤や、抗うつ剤、睡眠補助剤等を服用することが
多くあります。

私も現在も、毎日服用し続けております。

但し、これだけは正しく言いますが、あくまでも薬は、脳神経に対して、
精神を一時的に穏やかにしたり、また、逆に意欲低下に対して、高めたりさせて
精神的な疾患を、治療するための補助的な役割と考えるべきです。

元々、抗うつ剤は、即効性がある訳でなく、副作用もあります。
だから、本来処方を出すときも、会話などで、様子を見ながら、最低限のものに
処方されることが普通です。

本当に必要な治療の本質は、順番として
 まず、精神的なストレスに対して、脳を休め、脳の疲れを回復すること。
 次に、ストレスに対して、上手に付き合って、憂鬱や、パニックの度合いを軽減するように
できること。
 最後に、その結果、生活リズムを取り戻して、日常生活が正常に送られるようになること。
かと、経験者の意見として思います。

このプロセスを、積み重ねるには、早い人でも半年、一般には年単位の期間だと言われます。

 最初のプロセスは、一番効果があるのが、心身の休養と、睡眠や休息時間の確保といわれます。人によっては、睡眠に障害がある場合もあり、睡眠補助で薬を服用されることがあります。
 
 次のプロセスは、意欲などが戻りかけた頃に、受けるストレスとの戦いになります。
精神安定剤で、一時的には気分は落ち着きますが、そればかりですと、薬の依存が強くなります。

 だから、薬だけでは、本質的な回復にはなりません、自分の思考を訓練して直していく作用や
切っ掛けが必要になります。

実際には、日常生活で、ストレスを感じるできごとを、後ろ向きな面を、前向きな面に考える方向を変える訓練をしていくことで、ストレスを過剰に感じることから、前向きな気持ちに開放されるようになります。
 これは、認知行動療法とよばれる訓練であって、諦めや妥協の思考とは違います。

 そのほか、動揺を感じたら、深呼吸や、ストレッチなどをすることで、気持ちを落ち着かせることも
医学的にも証明されております。
 これは、私もよくやっております。だから、長時間にもなる会議等は、苦手ですし、意識的に
途中で一息入れることを、意識しております。

 最後に、生活リズムを取り戻すこと、具体的には早寝早起きで、きちんと前日の心身の疲れを
回復して、翌日に臨むことです。

 そのプロセスを行う上で、回復を補助的に機能させる役割として、投薬の位置づけが
あるかと思います。

 最近、状況がなかなか回復しないからといって、病院をはしごして、それぞれの医師の処方をうけ
薬物依存に陥るといったケースが増えていると、報道番組で聞いたことがあります。

 精神科の処方箋は、あくまでも治療のための処方としての薬です。
だけど、神経作用になんらかの刺激や影響を与えるので、使い方を間違うと、麻薬と同様の
効果になってしまいます。
 
 私の服用しているものは、精神安定剤ですが、副作用もありまして、
車の運転や、危険作業など注意力がいる時には、服用をさけるように言われております。
 
 実に、怖い話ですが、病院でも薬局でも、現在服用している薬の履歴をきちんと言えば
防ぐことができる話ではあります。
(最近は、薬局では、お薬手帳というものを持っていれば、情報はわかります)

精神治療は、薬だけでなく、本人が回復したい意志と行動が必要になるかと思います。
 私もそうですが、生活収入のための仕事は必要となります。
生活に困らないようにと、回復を焦って考えてしまっては、結果として、一向に回復には向かわない。
かと言って、薬だけに頼って回復できるものかと言えないものでもあります。
 根本的なストレス要因から、すべて開放されない限りは。

 そこはきちんと一線を切らないといけない覚悟はあると思いますし、きちんと自分に関係する人に
状況を伝えて、理解を得られないと厳しいと思います。
 また、自分が他人に憂鬱なストレッサーにならないように、というのも大事です。

 現在の社会では、いろんな意味で、「無意味な過剰競争原理」というのがあるかと思います。
時間を削ってとか、クリティカルパスで綱渡りというような、やり方が長期間にわたって続くようで
あれば、そのうち、深呼吸もする暇も与えられなくなってしまうかもしれません。
 戦中時期の日本のように、戦略なき気合だけで乗り切れと言う状況になっては、おしまいです。

 産業革命の風刺として、チャーリーチャップリンの「モダンタイムス」という映画が
クローズアップされたことがあります。

 人間は、肉体も精神も、負荷を与えれば必ず疲労します。だから休憩してリカバリーを
して、リフレッシュする時間や行動が必要になります。

 もし、その時間さえも許されず、与えられずという状況を、日常的に平然とさせているような
仕組みがあるとすれば、それは異常であって、メンテナンスする時間がないと、疲弊して
長くは続かないでしょう。

2010年11月23日火曜日

Thanks Giving Day ご苦労さまでした。

勤労感謝の日という祝日を迎えて。

 昨年は、いろいろ苦しい時もあったけど、
まともに働いて、給料を頂いて生活できるように、戻る機会が得られたことでの
やりがいというものを、感じました。

 療養で一年間休んだ状態から、自分の意志をもって復帰を目指したから、
なお更感じました。

 今年はどうだろうか? 昨年と違い、何処となく空虚に感じる部分もあります。
最近体調を崩してしまっていることも、一つにはあります。
 でも、それ以外に、今の状況 本当に勤労で、社会から、信頼を得られることを
果たしているかどうか?という、疑問を感じることがあるからです。

 この疑問の答えは、すぐに見つかるものではないかもしれませんが、
普段、人と人が信頼関係をもって接する心がけ、行ない、「道徳」と言うものの中に
ヒントがあるものかと思っています。
 ひとつひとつできるところから、考えてやっていくしかないと思っています。
 
 勤労って、本来は、人がよりよい社会生活をおくる中
相手となる対象があって、誠意をもった作業やサービスを行うことで、信頼関係を作り上げる
所作ではないでしょうか?
 社会での信頼や評価の結果、対価として報酬を得る訳であります。
報酬で、より多くの利益を集めるのが本来の目的ではない訳です。
 報酬の利益は、本来は、信頼関係を継続していくために必要なものであって、富の私物化、占有が目的ではない訳です。
 
 それぞれの役割でお互いの信頼関係があっての、お互いの苦労を労う日というが
「勤労感謝の日」で祝うことであれば、本来の勤労の意義として、正しいことかと思います。
 一日、ゆっくり心を休めて、やっていきましょう。

2010年11月15日月曜日

鈍感力は忍耐力

私は、小さな頃から、一見大雑把だけど、一部のことに頑固な部分と神経質な面があると
親からよく言われました。
 時は過ぎて、一社会人となった私自身は、かなり大雑把で、全体のイメージを掴めば、あとは勢いでと、大胆かつシュールなとは、良く聞こえますが、雑な面のほうが多いかな?と思います。

 でも、ある部分、妙に頑固になる部分で、感情的な面もあり、その辺に関しては、自分で気がつかない部分で神経質な面なのかもしれません。
 自分のことは、客観的にはわからないことの方が多いと思いますので、いろんな人から見れば、いろんな見方があるので、この辺にしておきます。

 なぜ、こんなことを書き始めたか?というと
やっぱり、多かれ少なかれ、大きな組織が関わる仕事などをしていると、いろんな考え方の人がいますし、その中で、見えないストレスを感じてしまっていることも、実際あるのかと思います。

 うつの行動療法の一つに、認知療法という、ストレスを後ろ向きなプロセスから、冷静に、状況を把握して、前向き思考に転換し、ストレスを軽減する訓練というものがあります。

 以前、小泉純一郎元首相が有名にした、「鈍感力」というのもこの認知療法に似た考え方です。

 私も、立ち直るプロセスや、復帰後もこの訓練は継続してきました。
とにかく、冷静に考えられる懐の深さとも、いえる部分かもしれません。
 慌てて、頭だけで考えるのではなく、メモを取りながら、こうゆう事?って聞くのもそのやり方です。

 でもね、ある意味、几帳面な人からみれば、「ずるい」とか「ごまかしている」とか「自分を正当化している」とか、そうゆうように感じられてしまうことも、残念ながらあります。
 元首相の答弁もそうゆう面はありましたね。

そういう面では、現代社会では「鈍感力」は「忍耐力」と共存するものかもしれません。

でもね、人と人との間のコミュニケーションとは、こうゆう部分をどう受け止めるかによって、協力的か、意志のすれ違いを生むかになってしまうかな?
 
現状、私の場合、そうゆうように前向き思考で訓練して、前向きにストレスに打たれ強いようにしていかないと、2度と立ち直れなくなってしまうこともあるのも事実です。
なかなか、直ぐに転換できないような状況もやっぱりあります。

 それができなければ、開き直りで、自分がやれることだけをする割り切りの意志も、あるいみ必要なのかもしれません
 私の経験から言うと、後者のほうが、相手に心象悪く思われるかもしれません。
非協力的と。

 前向き思考での行動と、自棄開き直りは、行動は一見似ていますが、後者はある意味泣き寝入りも含む後ろ向きな対応であり、前者は、それではこうゆう代案も考えてと、前向きな対応なのではないでしょうか?

 それだけに、前向き思考で、真摯な気持ちで対応していることを、誤魔化しているようにとネガティブに思われてしまうことのジレンマ、これが今一番のストレスかもしれません。

 私の今までの人付き合い経験では、誤魔化しているとかいうタイプの人の口癖は、「人を使うとか、やらせる」との、上から目線での語尾が必ずくる。
ある意味、コミュニケーションとして、私の一番嫌いな言葉です。

 私の場合、「協力していただこうとか、力や知恵を貸してほしい」というのが口癖になってしまっています。
 ある意味、自分がへりくだった殺し文句かもしれませんが、悪意は更々ないし、真剣勝負でお願いしているつもり。 本気で人に協力をお願いするのなら、真摯さというのをさらけ出さないと。

正直ものがバカを見る。そんなことでどうする。

2010年11月14日日曜日

明日は、晴れるかな?

日に日に、冷えるようになりました。
11月となれば、当然なのですが、今年は特に、変化が急激なような気がします。
近所に、甲州街道沿いの銀杏並木があります。
最近、急に葉が色付きました。


 そして、いつもは、空が明るい時間に退社していましたが、もう街燈が必要なくらいに
なってきました。
 人類は、いろんな文明を通じて、進化してきましたが、やはり、地球上に住んでいる以上
一年、一日の環境の変化に、生活のリズムも本能的に持っているのでしょう。

 だから、一日の内、一番活動するのは、日が出ている間なのかもしれません。
冬場は、だんだん短くなってきますので、日が当たる時間というのは、ますます貴重な時間でしょう。

 私が闘病している、メンタル的な風邪とは、いろんな症状があるようですが、
季節の変わり目や、睡眠不足や、昼夜が逆転するなど、身体の受ける環境のリズムに影響するケースも多いと聞きます。
 いろいろわかっていないこともありますが、気分が落ち込むと、身体を防御する抵抗力も
落ちてきてしまうようです。

 だから、メンタルの治療は薬もありますが、
ある程度回復したら、段階的に、気分転換をすることと、身体を動かして新陳代謝を上げ、
抵抗力をつけることが必要なのです。

 わたしは、いままで、あまり風邪で苦しむことは無かったですが、不思議と、ここ数年
結構弱くなっています。

 気分的には、良くなったとはいっても、メンタルとフィジカルのバランスがくずれているのでしょう。
なかなか長期戦と聞くもので、あまり油断はしてはいけませんね。

明日は、週の初め、貴重な晴れ間があれば、気分も晴れていいですね。
 

2010年11月8日月曜日

「何のために」を真摯に考えられる資質が大事!とは

今年の夏ごろから、身体だけでなく、頭の集中も下降線。
そうは言っても、なんとか工夫をしてやりくりするしか、、、。
そんな状況が続いてしまって、自分ではなかなか大丈夫だと思っても
、実際大丈夫じゃなかったりするわけです。

最近の私もそうで、他人からみて、これはやばい状況と判断されてしまいました。

でも、私は要領いいほうでないし、上に噛み付き、下を仲間にしようというような
ある意味、世渡り上手ではない方です。
 
 どうも適当に手を抜くとか、ごかますというのが、不得意だし、それをやられるのが嫌い
なのも事実。

 だから、病前のがむしゃらにやることにイメージをもたれてしまうと、お互いに不都合になってしまう。

 現在の状況では、抑えなければならない状況で、やむなくお断りしなければならないこともある。
ある意味、以前のイメージからみれば、現実逃避に思われるかもしれませんが、

 好きでそうしている訳ではないのです。
そうしなければならない状況にあるのです。

 今回、ある意味、ストップがかかってしまった、折角、復帰したのにというやるせない気持ちもあるし、私の正直な状況を言っても、結局もとの木阿弥に近い状況に追い込まれると事態に、理解なき悔しさと、「もうええわ」という失望感はあります。

 復帰するに時間がかかって、パフォーマンスが低いことは事実。
ただ評価は、他の人と公平な基準でだから、ある程度低いのは承知の上でやっているし、それに不平は言わないのは当然のつもり。
 「企業は、社員の病気を治すところではないのだから、」

そんなことで、復帰して最大のピンチを向かえてしまった。
医師によれば、そんな状態になるんならば、今と同じ業務は避けたほうがいいとまで
相談された。
ただ、私としては、現在組織戦となっている状況で、中途半端な形で、また休んでしまうのは、
どうかと思うところもあるし、経験上流石に復帰にかかる負担のほうが大きいので
業務内容の見直しと、時間制限と言う形を希望して継続している。
 とはいっても、もうこれが最後かなって。

ちょっと心を休める時間ができるようになったこと。
ある意味、精神衛生上よくなかった状況で、なかなか気がつかない部分もありました。

 それは、今やっていることは、何のため、誰のため、本当に企業の開発者として、お客様に
対して、真摯な気持ちで応えているのか?
 真摯さとは何か?、本質を考えているか? そういう疑問です。

ドラッガーのマネージメント自論には、自他問わず、マネージメントに必要なものは
 世渡り上手とか、そういうテクニックではなく、本質を考えて探究する真摯さだといいます。

忙しくなると、そんな正論ばかり言ったって、となりがちだけど、そんなんじゃ、いつまでたっても
物事は向上しない。 
 やはり、一日1分でもきちんと、本質を考える時間を作ってもよいのではないだろうか?

日本の、世界一の自動車会社が、やってきた「カイゼン」と言う活動。
これが何故、世界から評価されるのか?
 私が思うに、それは、現状の事実を真摯に受け止め、要因をみんなで考えて
本来、あって欲しい方向にするには、どうしたらというのは考えて、実践、更に見直し
少しずつの本質にむかう、プロセスをきちんと真摯に考えていることだからかと、
思います。

 関係者に知人もいますので、必ずしもいいところばかりでは、という実情もあるようですが
でも、同じ目標を、複数の人で共有して、考えて、実践して、見直してというのは
が高いモチベーションを生むのではないでしょうか
 時には、激論で衝突になる場合もあるかもしれませんが、でも不変の本質を考えれば
衝突で分裂することも無いだろうし、
 個人で適当な思いつきを、正論のようにトップダウンで押し付けるようなものよりも
質が違うと思います。

 なんか、最近そういう、目の輝きというのを、失いつつあります。
でも、どんな形でも、世の中のために、何を貢献したい。そういう気持ちは忘れずにいたいです。 

2010年11月4日木曜日

疲れた! 冷える、辛い!

朝晩、急に寒くなってきました。

朝起きて外を見れば、空気が澄んで、あー、久々に見えた富士山

もう頂上は、白くなって、道理で寒い訳ですね。

それにしても、夏の疲れ、その他心身のダメージが、今頃ボディーブローのように堪えて。
特に、朝方は精神的にも不安定で、なかなか精神安定剤が卒業できませんね。

病になってからの付き合いですが、一時期は大分量も減ってきたのですが、やっぱり
まだ波がありますね。

この投薬が続いているがために、献血もできず。
自分だけの問題ならどうでもいいけど、献血で人助けもできない状況、ついついネガティブ思考に
なってしまいます。
 今は、とにかく出来る限りのことを、やり尽くすのみ、それが人並み以下でも、以前の自分ならできたのにという、葛藤もあるけど、現実は現実、受け入れるしかない。

幸いにして、本や新聞など活字は、問題なく読めます。
11月になってしまいましたが、世間では読書の秋ともいいます。
 仕事とは関係ない、趣味の本、野村監督のエッセイ、禅の本、それから、私と同じような
立場になった人の本、いろいろ読みました。

 これらの本でも、どこかにそうゆう考えもあるのか!というのがありますし、今の自分は
このままでいいの?と考えさせられることもあります。
でも、書本にするというのは、後世か、誰かのために、何かを残すためという、本質的な
目的もあるはずです。
そういう部分は、人の価値観で良し悪しがあったとしても、書から意思は感じられます。

 正直、毎日目先のことに捕らわれて、何なんだろうと思ったら、全てを無にすることが
見直す大事なことなのかもしれません。
 たった一度きりの人生だからこそ、だけど、、、最近、いろんな意味で疲れてしまったかも

2010年11月3日水曜日

辛いね! 季節の変わり目は

ここ数年、休職してあまり、活発にならなかったためか
体力の低下と、抵抗力の低下に悩まされています。

特に感じるのは、季節の変わり目など、気温の急激な変化に対して
過剰な反応をするか、または抵抗力が落ちたような気がします。

今年はやたら、季節の変わり目に風邪を引くことが多かったと思います。
体力も、精神もセルフマネージメントが大事なのです。
 当然、一度リセットがかかってしまった身ですから、自分では気をつけていても
自分だけでは防げない状況もあります。

 本当ならば、無理に夜更かししないことや、よく睡眠をとることが一番抵抗力を
挙げることなんでしょう。
 でも、私の仕事の都合上、いろんな人が絡んでいる状況だと、なかなかそうは行かない
場面もありますし、このような状況が長く続く場面もあります。
 
これは、マネージメントの質にも問われることにもなります。
 延長戦になった場合に、ポイントを絞って、短期間で一気にやり尽くすか?
気合だけの兵糧攻め 我慢比べで勝負するか?

 今の私にとっては、長期戦は明らかに不利、とにかく、現状を客観的にまとめ、何を
するかを決めて、解散、というのが望む姿。
 時間だけを早めて、物事を解決するというのは、明らかに、真摯に人と人とみていないマネージメントの典型だと思います。
 
 そんな実例に苦しめられる場面も多くなりました。

 私は8月の残業中に、熱中症に襲われました。
原因は、省エネ対策で、残業期間中に空調が切られ、窓が開かない部屋で、
日程優先で、残業を強いられたことにあります。
 当然、私は長期戦などのぞまず、現状を整理して、次の日の計画を決めて帰る
ことにしていましたが、マネージメントはそれを許さなかったのです。

 帰宅途中に、眩暈や悪寒に襲われ、そのまま夜間病院に直行、39度以上の
高熱で、1週間ほど自宅休養を強いられました。
 きちんと実態が証明できれば、もちろん労災扱いになってもおかしくないことです。

 話はそれましたが、そんな暑い残暑だと思っていたら、
今月急に涼しくなってきて、残業でよる遅くになると、寒くなって風邪をひくこともしばしば
おこりました。
 
 自分でも気をつけて、ということですが、なかなか本音と建前の狭間、なかなか苦しく
今年は、病気で欠席する機会がやたら増えたと思います。
 お陰で、あとの半年、残された有給休暇もわずかで、下手に病気ならないようにしないと
、欠勤になってしまうという、厳しい状況です。

いつも夜遅くまで、と言うパターンに陥ったとき、一度何のために計画を立てたのだろうか?
と考えるべきです。
無理やり、力ずく日程を押し付けるのは、長い目でみて、お互いに信頼を得られる関係にはなりません。
 計画通りに上手くいかない時こそ、実態を真摯に把握し、自分の立場で周りを巻き込み、どのように修正していくかを考えて、次に実施していくこと、それが正しいやり方ではないでしょうか?
 その時、マネージメントをするという対象を、どのように考えるか?
いかに、物事を真摯に考えているか?
マネージャとしての資質が問われる一番の部分でしょう。

 一般には、対象は「顧客」といわれます。顧客とは、商売に限ったことではありません、自分が何かをする際に関わる全ての関係にあります。
 もちろん、商売相手もありますし、仲間となる身内にも当てはまります。

 自分ひとりで全部できることであれば、「顧客」に対して、物事を真摯になんて
考える機会もあまりないでしょう。
自分が好きなようにやればいいのですから。

 でも、大きなプロジェクトではそうはいきませんよね。適当に身内をあしらっていたら、誰も信用しなくなり、下手をすれば、総スカンでストライキにもなりかねませんね。

 何かをやり遂げるには、気力も体力も必要です。
 でもそれは、それに関わる人、全てにも当てはまりますし、うまく協調できなければ
 それなりのことしか、得られませんし、信頼もそれなりのことしかありません。

 勘違いしてはならないのは、決してパワハラで押し付けてはなりません。
 特に、自分ができないことを明らかに、押し付けるというのは、もってのほか
 最近この手の、名前だけの役職者って増えた気がします。

 マネージメントの資質として、本当にやるべきを、いかに、物事の実態、事実、本質に対して真摯に取り組めるかが、必要なことです。
 
  いわゆる、自己都合で人の入れ替わりが、著しい職場、ブラック職場とよばれる存在は
 マネージメントする側の不備の本質を見抜けていない証拠です。
  この場合は、本当に良くする気力があるのであれば、真摯に言うべきこと、やるべきことの
 アクションを取るべきです。
  大体こうゆう人のマネージメントは、自分の立場で負うべきリスクに向き合わないので
きちんと言うべきことだと思います。

2010年10月27日水曜日

スポーツで見る、信頼関係

私は、スポーツをするのも、観るのも好きです。
どちらかというと、個人戦よりも、チームでゲームをする球技の方が好きです。

球技といえば、野球、サッカー、ラグビー、アメフト、バスケットボール、バレーボール等
いろいろ浮かぶものがあるかと思います。
 それぞれ、お互いに公平になるようにルールがあり、それぞれの面白さがあるかと
思います。

 私は、野球をやっていた訳ではないですが、最近、テレビだけで飽き足らず、球場に観戦することもしばしばあります。
 応援しているチームが、結果的に負けてしまうこともあります。
もちろん悔しいですが、でも明らかに手抜きして負けているっという試合は、あまり経験なく
接戦で手に汗にぎり、最後のゲームセットまで応援に力が入るということが多かったと思います。

どこに惹かれたか?と言うと、守備の時、ピッチャーがピンチを迎える場面があります。
その時、私がピッチャーだったら、頭がかっとして、冷静さを失う場面になるでしょう。

 そんな時、内野手やキャッチャーが、そっと寄ってきて、一言声かけて冷静さを取り戻すという場面ですね。

 投手の性格にもよるとは思いますが、どんなことを言っているのでしょうか?
基本は手短にですが、

 例えばキャッチャーだったら「とにかく構えたミットめがけて、思いっきり投げてこい、それで打たれても仕方ないから」とか
 
 内野手だったら、「強い打球でも打たれても外野に逸らさず守りきるから任せろ」とか
 そういう話はよく聞きます。

 実際にピッチャーがピンチで強いあたりを、野手がファインプレイで救って来たとき、
ピッチャーが野手を迎えて、ハイタッチという場面も良く見ます。

 なんというか、チームプレイだから当たり前かもしれないけど、お互い信頼を持ち、
自信をもってやれる雰囲気というのは大事ですね。
 スポーツは、いろんな特徴ある人同士が、一つのチームでやるわけだから、
そんな中で、信頼というチームの見えない強い力は、長期的にも良い結果に結びつくことだと
思います。

 もちろん選手は、チームとして信頼に応える力をつけるために、普段からきちんと練習と
準備は整えます。
 プロだから当たり前かもしれませんが、一見プロ契約というと、個人という主張も強くなり勝ち
かもしれません。
 でも、お互いに同じチームとして最善を尽くすため、という一つの目標に向かってやれるのも
プロ選手としての信頼なのでしょう。
 そのために、本音でぶつかることもありますし、チームの勝利のために、犠牲的な行動もあるでしょう。
 でも、それはチームとしてよい結果を生み出すための、必要な一つ一つのプロセスとして重要なことであり、それらプロセスを一つ一つ積み上げていくことによって、チームとしての根の強さになるのではないでしょうか?
 目先の結果だけに捉えて、異を唱えるものに蓋をしてしまうと、そういった信頼をつくることができる余裕すら失い、結果としてチームでの信頼がギクシャクしてしまうでしょう。

 名選手、名監督であった野村克也さん曰く 「リーダーの素量以上に、チームは強くなれない」といわれます。
 試合中に、監督があれしろこれしろとは、基本は言わない。(練習では必要あればそうかもしれませんが)、選手の監督への信頼と、選手がチームとして最善を尽くすために、お互いに信頼をつくる
行動をする。
 そうゆうよい相乗効果を生むように、信頼をもって接するし、逆に監督の立場として選手に、真の信頼をもってもらう行動をする。時にはリーダーとして失敗のリスクを取る。
 そういう選手同士、選手-監督との信頼関係を作り上げる素量が、リーダーの力だと仰っていると理解しておりますし、その素量が足りなければ、チームの根は薄く弱いものにしかならないでしょう。
 確かに、野村さんの場合は、お互いの立場で、最善をつくすために必要なことを、頭を使って考えなさい、お互いにそれを生かしなさい、というやり方ですね。

 私は個人的には、短期的なタスクフォースでその場しのぎばかりやっていては、だめで、タスクフォースのアクションをマル投げ的ではなく、お互いに理解をして、チーム全体として、長期的に根を太く頑丈につくりあげるというやり方の方が好きです。

 プロだから、個人を金で呼んでというチームが、必ずしも上手くいっていませんよね。
呼んで上手く行ったチームは、呼ばれた選手がが、個人の力以外に、チームとして周りによい影響を与えるといった場合ですね。

 チームの補強というと、その場しのぎと、長期的に樹を頑強にしていくためでは、一見アクションは似て、本質は大きく非なるものであります。
 最近思いますが、世の中の考え方としてこの辺を勘違いされていないかです。

2010年8月7日土曜日

初の大腸内視鏡検査に挑戦

私は、いわゆる胃カメラ(上部消化器内視鏡)は、何度か検査を受けたことがあります。

過去に不調の要因の一つでもあった、胃潰瘍の発見などで助かったことが多くあります。

胃や食道などは、異常があるとなんらかしらのサインが、すぐに自覚症状として
わかりやすいとも考えられます。

ただ、日本人の癌で命を落とすケースで、最も多いのが大腸がんだそうです。
というのも、自覚症状があまりないまま進行、転移してしまい、手遅れになるケースが
多いからだそうです。

そんなこともありまして、自分も長く健康を維持するために、気をつけないとと
いう訳で、初の大腸内視鏡検査を受診しました。

当たり前のことですが、検査の前に腸内を空っぽにする必要があります。
当然朝食は抜きですが、更に朝から下剤で喉からからになる状況にしなければなりません。

検査は午後からですが、空腹と喉の渇き、今の時期の暑さといい、病院に行くまでふらふら状態と
なかなか辛いものがありますね。(病院が近所でないので、電車で行くことでした)

いざ検診、まずは、胃からですが、これは何度か経験もありますし、麻酔によって何も苦もなく
終わりました。
 今度は大腸の方ですが、麻酔をしていても、明らかにおなかが張って苦しくなる状況は
感じました。
 それだけ大腸というのが、長いものである(身長の何倍もの長さとも言います)というのを
実感します。
 実際いろんな話を聞くと、医師も腸内の壁に内視鏡をぶつけないように、移動していくのは
いろいろ訓練が必要なようです。
 
 検査が無事終わって、麻酔が解けるまで休息となるわけですが、麻酔が解けたとき
思いっきりおなかが張って苦しいのと、何かおなかの中で、ちくちくする痛みの感触を感じました。

おなかが張るのは、前述の通り、腸内に空気を送り込んだ結果ということで、
がまんせずおならを出してくださいとのこと。
 ちくちくする痛みは、どうやら一箇所腸内ポリープがあり、切除したとのことでした。
止血剤がありますが、しばらくは傷が残る状態とのこと。

ポリープの組織は、良性悪性は、後日検査でわかるとのこと。
検査で治療行為の可能性があれば、それなりに費用がかかるということでしたが
なにより、早めにわかってよかったと考えることでしょう。

正直なところ、早めの検診で早期発見できることが大事ですが、そう何回もとは行く気には
まだ成れないところ。

この結果を元に、普段から不摂生を見直し、適度な運動と、バランスとれた食事、きちんと睡眠をとる、衛生面に気をつけることで、予防するのが一番かと、そう思います。

 私は受けたことはありませんが、最近はカプセル内視鏡という、薬大の大きさの胃カメラがあります。
 ただ、カプセルの位置は、体内の流れに任せるしかないと聞きますので、じっくり観たいところが
きちんと記録できるのかと言うことはよく聞きます。

 健康の一番に効くことは、予防ですね。 

まだまだ完全復調とは言えないけど

うつとは、心の風邪とも言われます。
 だけど、実際心にあたる、判断、思考などは、脳の中の働きが作用している
のだと思っております。

 だから、脳神経を休みなくフル活動させすぎて、疲れてしまっている状態と
一般には言われますし、治療には心身の休養が、まず大事なことだと言われます。

 これは、何も考えずに行動することができないのが人間という生き物だから、
だから、治療に時間がかかるのかもしれません。

 私もそうですが、休養して元気を取り戻すまでに、一つ大きな壁があります。
それは、いつも忙しい中で、急に、何も考えるなと言われても、このままでいいの?
という葛藤があるからです。

 これは、自分独りで解決できるものではなく、周りの理解を得られるまでの壁があります。

 次の壁は、回復したら、どうするか? ある意味社会復帰への壁があります。

 一社会人として復帰するわけですから、ある期間ブランクがあると、それなりに
思考や判断、行動など、一つ一つ取り戻していく訓練が必要なのです。

 ここでは、「以前はすぐにできたのに、、、。」「なんでこんなことが、、、。」というもどかしさ
との葛藤があります。
 当然周りも以前を知っている側から見れば、厳しい見方もされます。

 大きな組織となれば、社会復帰は自分の意志で決めたことだから、健全者と同じ土俵で
パフォーマンスが比較されるのは当然のことですし、それなりの評価を貰うのは
ある意味公平なことと、今冷静になって、自分では理解しております。

 なぜならば、企業というのは、社会復帰訓練の場ではない、それが本質だからです。

 ただ、やはり社会復帰は急にはできない、少しずつ元に戻して進めるというのが必要だ
ということを、自分から組織へ状況を正直に伝えること、組織の中で、それを認めあうこと、
それが一番大事なことだと思います。

 確かに生活がかかっている訳で、焦る自分もありますし、組織として求められるものと
いうものもあり、そのへんの折り合いがつかないケースもよく聞きます。

そこにも、個人と組織の間でのクリアしなければならない壁があります。
 
 元に戻るのに時間がかかるけど、それでも社会復帰したい個人の意志を、組織が尊重するか
ということが重要なのかもしれません。

 それにはパフォーマンスが元の半分ならそれなりの公平な評価でも、個人が、公平なリスクとして受け入れるべきことなのかもしれません。

 ある意味、個人、組織がお互い話合いをして、メリットとリスクで合意できない状況ならば、
無理に元の仕事に、戻るという決断をしないほうがよいかもしれません。

 バブル景気の頃は、別に代わりが幾らでもあるからという、俗にいうブラック組織というものが
ありましたが、まさにそんな組織は長続きしないわけです。

 ちなみに私は、元の開発職というものに戻って一年半ほど、続いています。
確かに、求められている成果と言う意味では、同年代に比べても、元どうりとは言えない状況です。

 でも、それで評価が低くても、自分自身で認めなくてはいけませんし、自分自身の状況、どこまでやれるかを伝えなければなりません。

 そんな中でも任せられる任務がある訳だから、長い目でそれなりの価値はあるのかもしれません。
 
 自分では、大分復帰したつもりですが、なかなか、まだまだ至らない部分があります。
それは、誰もが難しいですが、マネージメントや判断する思考などです。

 いろんなメンバーがいるわけですし、忙しくなると、毎日のように、複数の作業の優先順位を
判断してアクションを求められることもあります。

 こればかりは、なかなかヤマをはるような博打的判断でないかぎり、自信もって即断即決には
できない部分があります。

 私は聖徳太子のように、いっぺんに複数のことを、聞き分けて行動はできません。

 でも、そんなとき一番すべきことは、焦ってパニック状態へ混乱しないように冷静に考えることです。

 それを焦って頭の中で全部やろうとすると、自分でパニック状態に陥るのですから、それを
補う、自分なりの最適な手段を考えなければなりません。

 私の場合は、必ず「ちょっとまって!」と言って、メモを取るようにしています。

また、逆に相手の言うことは、こうゆう事ですか?とメモに書いたことを合わせて、聞き返すように
しています。

 急いでいる相手には、もどかしく思われることもありますが、お互いの勘違いでパニックになること
や、誤った判断への防止にもなります。

 また、自分や相手の発言の中で、事実と推論を分けて、メモをとるようにします。
もちろん、事実程、どんなに素晴らしい推論にも勝るものはないわけです。

 決して定量的な結果だけではありません、そのなかで表現が難しい定性的な事実もあります。

でもそこで急いて、推論だけで結論を出すのは失敗の素。

 一番確実なのは、同じ現場を見てみて、状況について質問しながらメモして把握することです。

 確かに創造スピード競争がパフォーマンスに求められる時代ではあります。

でも、上手にスピードアップできるのには、それなりの理由として、地に足がついた
作戦と根拠があるわけです。

 急いては事を仕損じる。急がば廻れ。失敗は成功の素。
古くから、偉人たちが残した教訓や明言が、今だに語られるのは何故か?

 それは、建物を立てる際に例えれば、基礎を支える地面を固めることをしないで、家屋を
立てれば、不安定なものになってしまいます。

 遠くの目的地に行くにも、最終地点という大きな目標位置と、途中経過の目標とする
経由地を決めていきますね。途中で間違ったら、慌てず
どこまで正しい地点かを振り返ればいいのです。

 その中で、途中でどう失敗したのか、それを克服するにはって、考えて記録して、後で
もう一度生かせるようにすればよいのです。

 地味なことですが、基本がなければ、根拠ある逆転の発想は生まれない。
決して、手堅いとか挑戦しないという消極的な考えではありません。

何かを挑戦してには、それなりの作戦や備えを、一つ一つ積み上げて、見直していくこと
それを繰り返しやっていくことで、新たな発想が生まれるのかもしれません。 

2010年7月12日月曜日

ゆっくり休息できるかも

昨日は、選挙の開票速報、そして今朝はFIFA W杯決勝と
なにかと、暑い夜に騒がしい状況でした。

私は、夜更かししていたわけではないですが、ここ数日
何かと話題は、W杯の試合が多かったです。

とにかく、どのチームが決勝まで残るか、番狂わせもありました。
だから、観て楽しいと思えます。

そんな、ブブゼラのように夜中の騒々しさから、やっと開放された気がします。

それにしても、蒸し暑い

おまけに、先週の風邪の影響が堪えてきましたね。

気をつけないと

2010年7月10日土曜日

なんとか復活!?

原因不明の、発熱、悪寒に苦しめられましたが、
ゆっくり休養することで、なんとか復活の兆しです。

夏風邪は、治り難いと言われますので、要注意ですね。
ここんとこ、運動不足気味なので、休養と、病気に抵抗力をもつ体力をつけることの
バランスが大事ですね。
 一日10000歩目標ですが、なかなか難しくなりましたね。
何をしようかは、考え中、また水泳を復活させようかしら?!

2010年7月8日木曜日

いい天気だったけど、原因不明のダウン

FIFA W-CUPも準決勝となり、俄然白熱した対戦が披露されております。

私も、夜中見たい対戦でありましたが、まだまだ不摂生は禁物でありますので

録画で楽しむ次第であります。

最近、どうしても、仕事が夜遅くまでになることが続きました。

まあ、原因の半分くらいは、自分の計画にあるのだから、致し方ないところはあります。

 最近は、どこの企業もそうですが、残業しない計画で進めるのが前提となって
いますので、残業時間は、空調が切られる訳です。


私のオフィスもそうですが、高層階にある関係で、窓を開けるわけにも行かない
状況です。


 晴れた日は、なかなか厳しいので、とっとと帰るに限りますが、それが出来ないときは
とにかく水分は欠かせません。

ここんとこ、そんな状況が続いておりました。


 そうはいっても、遅くなっても夜更かしせず、あまり夜中に食事をしない等で
なんとか、以前に比べて、体調は維持できていました。






 ところが、今日は、朝は大丈夫でしたが、職場にきて1時間くらいすると、
急に悪寒が、そして関節が痛く、頭痛がするようになってきました。


原因は全く不明です。
お昼まではなんとか耐えられましたが、さすがに辛くなって午後、とうとう医務室に駆け寄って、体温を測ったところ、38度。




 急遽早退し、自宅で氷枕で休養です。


現在、大分、汗をかいて、よくなって来ましたが、まだまだ頭がボーっとします。


少しずつだましだまし回復してきましたが、まだまだ気をつけないといけない


特に、季節の変わり目は、改めて思いました。

2010年3月11日木曜日

2010年も、3月になりました。

つい最近まで、まだ冬の寒さを感じるこの頃でしたが、いつの間にか3月になってしまいました。
一月が新春と呼ばれるならば、気温が暖かくなり、草木が芽を出すころで、本当の春の季節なのかもしれません。

 日本では、風習で、学校や企業なども、3月末が一年の区切りとしております。
そのため、3月末から4月初めは、別れと新しい出会いがある時期ともなります。

わたしの処遇には、特に興味は持っていませんが、よく考えれば、病気から復帰してなんとか
一年持ったのか。というのが、正直な感想です。
 私のような症状に陥った人は、再発率が50%程度あると言われております。
本人の対応や、周囲の理解が得られなければ、なかなか回復が厳しいともよく言われます。

 私も、復帰が難しいことを、この一年身を持って実感しました。
 半年過ぎた時点で、不幸にも徐々に発病前の業務負荷に近づいてきたわけですが、
自分ができると思っている程、心身への耐性が備わっていないことを、身をもって実感しました。
自分でも気がつかないこともありましたが、一息ついたときの倦怠感が警告として表れていました。

食事も、腹八分目が丁度良いとも言いますが、生活についても同じでした。

以前できたことができない、ジレンマも多少ありましたが、自分が思っている程、周りはそれ程
気がつかないことが大半です。もちろん信頼関係が無いとは言いません。
 
 多少ネガティブに思われても、自分からアテンションを出さないと、結局もとの木阿弥になる。
これは、マネージメントする側が経験者で無い限りは、本当にそうで、自分や主治医の判断を元に
念を押してでも、伝えなければならないと実感しました。
 
 前向きに考えれば、今の状態で健康に生活するには、どうすればよいか?と考える切っ掛けにも
なったのかもしれませんし、いろんな観点で考えて手段を工夫すればよい。そう考えるようになりました。
 これからどのような将来があるかは、誰もわからないことです。ただ、一年も病に襲われたこと
それが、結果として良い面が多かった。と言えるようにしていきたいと思っております。

2010年3月2日火曜日

自信は過信にならないように

ここ1か月程、原因がわからない不調が続きました。

具体的には、朝、朝日を浴びて目を覚ましても、すぐに身体が起き上がれない。
起き上がりたい意思はあるが、金縛りにあったようになかなか動かない。

休職する前もこんな感覚がありました。それが段々、起きる気力までなくなって、、、と
続いてしまったことを、思い出しました。

主治医や、カウンセラーにいろいろ相談してみたところ、夜身体を横にしても、
深い眠りについてないのではないでしょうか? と言われました。

確かに思い当たる節はあります。
年末年始にかけて、仕事も総力戦の追い込みで多忙な時期が続きました。
当然、帰宅も遅くなりますし、食事、入浴も遅くなります。

そのころは、家では仕事を考えない様に、寝る前に趣味の本を少し読んでいました。

 カウンセラー曰く、入浴で温めて直ぐ布団に入るのは、身体の血流がよく廻っている状態なので
深い睡眠にはならないようです。
 気分的にはリラックスしますが、身体の状態は落ち着いていないのです。
 じっくり温めて、1-2時間程、クールダウンしてと言うのが、理想だそうです。

 それから、テレビやゲームなど、目を凝視した状態で強い光を浴びるのも良くないようです。
本を読むのも、ある意味文字を凝視するわけですから、程々でないといけないと言われました。

仕事を忘れてリラックスというつもりでいたことが、悪影響につながるようです。

 現在、忙しさから急に開放されて、緊張感が抜けてしまったのでしょうか?
精神的には問題ないですが、身体がついてこない感じになっていました。
忙しい時期、自分では大丈夫だと思っていた以上に、堪えていたのかもしれません。
 カウンセリングで相談して、私自身が思ったのは、心身の原因不明な状況は、
睡眠不足で疲労回復が不十分なため、警告サインが、遅れてやってきたものと思っております。

とにかくリラックスして睡眠をとるように、アドバイスを頂きましたので、今日から早寝を実践です。
プロスポーツ選手が、フィジカルな怪我が古傷となって後に影響することがあるように
心療的な病と言うのも、100%完全回復とはすぐには行かないようです。
自分では気がつかないところに、現われてくるようです。
「自信は過信にならないようにと」、とにかく反省です。

2010年2月6日土曜日

人と人の間は、「作用-反作用」の法則かもしれません

新年明けてから不摂生もあり、なかなかこの投稿ネタにもありつけませんでした。
昨年までの暖冬とは打って変わり、連日の外の寒さも日増しに堪え、気分も体力も
やや低下気味でした。
とはいっても、このまま、布団から外に出るのも億劫になってしまったら、元の木阿弥。

このままではいけないと感じ、寒い中でも、心身を温めることを考えている日々です。

さて、何かに終われ、もがき苦しみ、心身が疲れてくると、最悪は自分からSOSをも
訴える気力まで無くなってしまいます。
 よく、満身創痍で残る力と気力でなんとか乗り切ったという話しはありますが、それは
苦しい状況ながら、目の前に達成目標が見えて、最後のひとふんばりという状況だからこそ
かもしれません。
 ゴールが見えない、どうしたらよいかがわからない不安で、ただただ時間だけが迫ってくる
状況だったらどうでしょうか? SOSのアテンションを出しても、「何言ってんだ、気合で乗り切れ」と言われてしまったら?
 最初は、解決の糸口をひたすら探し、不安の解消に努めます。
でも、だんだん策が尽くなくなって、悪あがきも通じなくなってくると、開き直るしかありません。

 この時に、いかに冷静にかつ正直に、自分の状況を周りに伝えることが大事だと思います。
人間関係の深さにもよりますが、独りでもがき苦しんでいる状況は、他人からみればそれ程
大したことと気がつかない場合が大半です。
 どんな形であっても、自分から冷静に発信することを諦めてはいけません。
きちんと冷静に発信すれば、それなりに冷静なリアクションが帰ってきます。
 それに対して、何度も発信-受信のアクションをしていけば、一人で完全に解決できないことでも
何かしら安心できることにつながるはずです。

 よく心の整理とも言いますが、冷静にお互いの状況を、正直に話す-聞く、相談する、
分かち合う。
これは、独りで抱えるストレスから、安心する方向に向かうはずです。
 ただ、決して感情的や人格否定的な発信はしないことが鉄則です。
発信の仕方によって、相手からのリアクションも、それなりの対応になってしまうからです。

 物理のニュートン力学には、「作用-反作用の法則」とあります。
これは、何か物に力を作用させると、同時に物からも反作用として力を受けます。
 地球上では、万有引力による重力が働きます。
人が地面に埋まることなくたっていられるのは、人が地面に作用する重力に対して、
地面が人につりあう力を作用しているからです。

 人と人の間は、それ程単純では決してないかもしれませんが、何か作用をしなければ
何も返って来ず、心の動揺を抑えることはないものだと思います。
 また作用の仕方によっても、相手に不安やストレスを与え、かえって自分の不安を
増幅させてしまう対応になってしまう場合もあります。
 
 物理と言う学問は、客観的な現象を対象としておりますが、実に人が生きることと
非常に似ている現象が多くあるかと思っております。

 日本の社会には、丁度良い状況では「波風立てるな」という考えがあります。でも
それは、他人に喧嘩を売るような、嵐のようなことであって、ゆっくりとしたさざなみを
行ったり来たり起こさないと、水も心も澱んでしまうものだと思います。

 とにかく、寒くても寒いなりに外に出てみましょう。