2009年11月26日木曜日

仕分けの本質とは?

国家予算の使い道について、公の場で「仕分けWG」と言うのが行われております。

納税者の立場として、どのようなプロセスで予算配分を透明性を持って議論すること
自体は、進歩だと思います。

ただ、非常に不愉快に感じる場面も多々あります。
まず「仕分け」と言う言葉を使うことです。「仕分け」とは辞書で調べると
(1)物事をする際の区分
(2)品物を分類、整理すること
(3)簿記で貸借を区別して書き込むこと

とあります。
 したがって、結論の選択示が、予めありきを前提とした判断となりますし、
人の労力が関わっている物事に対して、物を捨てるか捨てないか的な発言が目立つからです。
 私の主観では、報道などで取り上げられる様子を見ていると、コスト削減のために、予算を削減することが、目的のようにも思えてしまいます。

 この議論の本質は、限られた予算の中で、予定事業の目的、途中経過など、QCDP、行わない際のリスクを、長期、短期の客観的な視点で比較検討をし、優先順位を決めて予算配分をすることではないでしょうか?
 むしろ、場合によっては、予算配分のウエイトを上げるべきものもあってしかるべきだと思います。
 現在の議論での問題点は、裁判形式でご意見番を立てて短期間で、Yes-Noを判断することで
結果至上的な公表になっていることと、判断する人、使い道について仕分け対象となる予算を決めるプロセスを公にしていないことです。

 私も、大学時代に国の研究機関でお世話になった立場なので、国家予算の慣例的なルールは
存じております。
 だからこそ言いますが、国家予算に対しての一番の問題は、予算イコール決算を必達事項とする考え方です。
 それが悪い解釈となったことは、予算が余ったから、優先度の低いものを買って使い切らないと、次年度予算が減らされるという慣例になったことです。
 民間企業のように、利益や、実際予算よりもコスト削減できた分を、繰り越しする。
損益となった場合に、繰越しの中から補填をし、事業を中長期的視点で行うという考え方が
ないことです。
 自分たちで稼いだ資金の使い道であれば、当然使い方は慎重かつ計画的になりますよね。
ところが、足りなくなったら税金で補填できるという意識があるから、どんぶり勘定になっても
決算をつじつま合わせで行えばよいということになります。
 
 この点は、きちんと家計簿を付けるレベルで、予算-実績-内訳明細をチェックしていれば
大事にならずにわかることです。
 また、それを、第三者である公認会計士で、見ていけば問題が無いはずです。
むしろ、この点をきちんと公にしてやることを優先すべきで、個別のテーマの可否はその次の段階ではないでしょうか?
 大体、一度予算を計上したものを、本当にいるのか?と言われて、素直に応じるのは余程余裕があるところ以外にはありませんよ。
 一度決めたら何が何でもやり通すというやり方が問題であって、今年は急遽貯金の蓄えが少ないから、計画遂行の優先順位を付けて、使える予算を見直せませんでしょうか?、回復すればまた見直しができるから、状況に協力して欲しい。
 という利害を分かち合う協力の仕方が正しいかと思います。

それに議員さんの活動費用についても、きちんと倹約に努めるべきことだと思います。

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