2014年3月16日日曜日

誰だって、故意でなく間違いを起こすことはあるから、だからお互い様

最近のマスコミ報道を見て思うこと。

タイトルのように、言いたいです。

誰だって、故意でなく間違いを起こすことはあるから!

あなただってそうでしょ!

問題はそのあとよ!

それなのに
なぜ、人の瑕疵ばかり、目の敵のように、人格否定するが如く言うのか?
そんなことをすれば、マスコミとしての付加価値が上がるのか?
私はそうは思わない。むしろ価値が下がると。

あなたは、ミスがあったまで、そのことに関心がありましたか?

あなたは、ミスがあったら、どうであったらいいかと提案できますか?

心の時代、こんなあほらしいことに真に受けてはだめです。

2014年3月2日日曜日

体調にはお気をつけて

この時期は、インフルエンザの流行もあり、体調管理にはとにかく気をつけるしかありません。

うがい手洗いなどの衛生面のこと、それから、免疫力を落とさないように、寝不足や疲れを残さないようにすることです。

いずれも、特に無理なことではありません、ちょっと意識をして、やっていけばそれなりに 効果はあります。

気をつけることが、かえって負担になっては意味がないので。

それでは。

2013年9月15日日曜日

判断に迷った時は、絶対価値を見極める。

私は職業柄、創造という言葉は、常に大切にしているつもりです。

でも、企業にいる以上、自己満足だけでは許されない部分もあります。


いろいろな事情で 妥協していい部分、いけない部分 いろいろ判断に迷う場合もあります。

特に日程に追われていると。

でも、ある日、目が覚める衝撃をある方の話から受けました。

元ホンダの小林三郎さんです。

このかたは、エアバッグを実用化した第一人者ですが、実用に至る経緯は並々ならない困難な壁だらけだった訳です。

なぜあきらめずに続けられたのか? 絶対価値を見極めていたからです。

http://www.honda.co.jp/novel-honda/souzou.html


自分の弱い心の持ち主、だから正直に一人で抱え込まない仕掛けを

日本では、社会人が、いろいろ自ら追い込んでしまっているケースが増加しているとのこと。
どうしてまわりが気づいて、一言声をかけられないのだろうか?と
思うことがあります。

私自身、一度抱えこんで、手が付けられなくなっているのに気が付かず、いつの間にかぼろぼろに
なっていた経験がありました。

一度はなんとか社会復帰できましたが、復帰するときは、もう一度やってはいけない! そう心に誓って臨んだものでした。現在もおかげさまで、なんとかやっています。

それでも、やはりどうしても辛いときはあります。季節の変わり目などは特にです。

それでも、もう一度やったら、元に戻れなくなるだろう、だからあかん! があるので、正直に交渉してできる限りのことをする。

やっぱり自分のことだけではなく、人と人の信頼関係のために約束があるから、正直に自分の状況は伝えるけど、できるだけ挑戦の心がけを持って、できる限りのことをやるよ!、でも限界があるから協力してほしいと言います。

この信頼関係、面倒かもしれません、でも、自分ひとりだけではできないことがある。そう考えれば、頼りにされる分だけマシかな?とも思ったりします。

会社や学校に行くのが、億劫になることは誰だってあります、そんなときには、仲間の力です。今日も、その人と会っていろいろ話ができてよかった。話の中で、こんな発見があったと前向きな気分に置き換えることです。

初めての方、ちょっと緊張することもあります。でもちょっと勇気をもって、自分が正直に話しかける。それが大事かと。

明日はまた違う発見があるかもしれない。だから ちょっとがんばってみよう。

そんな切っ掛けがあれば、


2013年3月22日金曜日

正直辛い、けど、それなりに

あっという間に三月も終盤に、時が早い。
この間に、何が出来ただろうか?
それを考えると辛い。
でも、事実は事実として受け止めて、ではどうする? ですね。
あくまでも、気負いせずに、無理に到底出来そうもないことを抱え込まない。
ただ、メリハリは大事。
この時期に障害になることは、季節の変わり目に、体調がついていけないストレス。これは無意識に、疲れが蓄積するので、要注意です。がんばったらひと休み。

2013年1月2日水曜日

2013年を迎えて

新しい年を迎えることができました。

一年の最後の次には、新しい年が始まる、というのは数十年間過ごして当たり前の
ことかもしれません。

でも、どんな形であれ一年間無事に過ごせたこと、このことだけでも十分なことかもしれません。

欲を言えば、この年にやりたかった、でもできなかった。等あるでしょう。
それは、心機一転、もう一度地に脚をつけて、一つずつ取り組んでいけばよいことです。

決して欲張って焦ってしまうと、二兎を追うものは一兎も得ず、となってしまいます。

すべての出来事には 陰と陽という二面性があります。
仮に、良くないことが多かった一年のこともあります、でも、良くないことが多い時に知りえたこと、実感したこと、考えて苦労したこと、それは、貴重な財産です。
良いことと良くない出来事は、表裏一体です。

 そう思えば、充実した一年に取り組めるのではないでしょうか?
 

2012年12月26日水曜日

ISS滞在の宇宙飛行士から考えること

今年も、早々残り少なくなりました。

 日本でも、世界中でも、人類のエゴイズムの象徴と言われる出来事が多かった気がします。
戦争、内紛などです。
勿論、ロンドンオリンピック等、一つのFair Play精神の中で、切磋琢磨されるという、よい場面もありました。そんな中で、良い成績を残せて、満面な笑みを見せることができた選手も、そうでなく奇しくもという、口惜しさを残した選手もいました。

 
 スポーツに限らず、選手の代表国こそ異なれど、FairPlayのルールの下で最善の活動をする。
勝敗はやってみなければわからない、互角そのもの。
 それぞれが最大限の力を出して、その上で仮に勝敗がつけなくてはならないのだから、これは勝負の行方は誰もわからない。
 試合が終わったら、選手同士もNo Side。 お互いに検討を讃えあう気持ちが自然と生まれることは、見る方の立場からも、人類の良い面での可能性を感じます。

 オリンピックに限らず、JAXAの宇宙飛行士 ISS(国際宇宙センター)で長きに活躍された、「古川聡さん」「山崎直子さん」「星出昭彦さん」の活動の様子は、人類のエゴイズムを超えた活動ではなかったか?と
特に感じます。 
 もちろん、だれでもISSで活躍できるものではない。私も興味があった時代もあった。(今でも多少は夢は捨ててないです。)
 だけど、古川さんや、星出さん、山崎さんのISSでの活躍は、国境を越えた、お互いの船員が、身勝手ないエゴイズムで足を引っ張ることのない活動ではなかったでしょうか?

この活動の映像を見たときに、まず頭に浮かんできた歌は、Beatlesのメンバーだった、故John Jennon氏の 名曲 「Imagine] や「Power to the People]。
特に、前者の歌詞は日本でも有名でありますが、そのなかには 国境の壁、宗教の壁などがなく、すべての人々が「世界平和のために、視点を向けて活動することを。考えて観たら、エゴイズムにおるイザコザなんて解決できるはず」

 星出さんや、古川さんのISSでも活動を拝見すると、まさにJohn Lennonが人類に対して望んでいたことでの一つのきっかけでないか? そう思います。

 
 私は、地球上でおきているいざこざは、所詮、地球上は球面であり、それぞれ脱出もできない運命共同体であると思います。

 
 John LennonのImagine の歌詞にある、You may say I' m dreamer But not only One. I hope a daywith join us, and then the World gives us  (夢物語を考えている。現実はそうでないという人もいるかもしれない でもそんなあなたは決してひとりだけでないはず。そんな夢や理想を一つずつ追い求めてやってみる活動にも参加してほしい)


私が中学生で、英語を勉強する機会があった。英語自体は得意でないけど、この歌詞には、ここ数年までずっと印象に残っているし、人類に課された、サガなのかもしれないと思う。 

John Lennon が他界されてしまったのは、もうずいぶん前となってしまった。だが、Imagineをはじめ、Christmasのこの時期に、Happy X'mas (War is Over)が必ず、街に流れることは、少なくとも
人類の世界平和を再度意識する機会になってほしい。と願いばかり、 あっ、25日を過ぎてしまった。 でも おくればせながら 世界中の人々の平和を祈って Merry Christmas

2012年12月6日木曜日

久々に

いろいろ諸事情があって、しばらくは投稿をお休みしておりました。
勿論、体調を悪くしたわけではないので、ご安心を。

 実は、私は厄年でした。縁起悪い話かもしれませんが、実際自責他責、不可抗力含めて、よからぬことが多かったような気がします。

恥ずかしながら、本厄の年は、真剣に神社にお祓いを受けに行きました。
信じるも信じないも、自分の心がけ次第ではありますが、、、、。

しかし、冷静に考えると、よからぬことばかりではなかったと思っております。
むしろ、災いがあってこそ、自分自身が地に足がついてない状態だったと、気づかされた。
だから、前向きに方向修正して、少しでもできることを考えて行こう。
そんな気持ちで考えられるようになった。

よく混乱していることを、泥沼に陥った。とことん沈みかけたことをどん底に落ちたと言います。

似ているようですが、私は後者の法が、立ち直る切っ掛けを得たと考えます。もちろんそれまでの苦しんだプロセスや、苦しんだ度合いは、苦しい途中よりも、どん底のほうが大変苦しかったと思いますが。

なぜならば、どん底とは、これ以上沈みようがない、足が地につく状態であり、冷静に考えれば、浮上するための気力と体力を整えられる機会が得られるからです。

 私自身、何もかもやる気がなくなって、食事も憂鬱になった時期があります。一日中布団から離れなくなったこともあります。
最初は、「こんなことしてていいのか?」「だけど気力がいうこと聞かない」の葛藤に悩まされました。
 それでも、ある日「一日何もしない、考えない」をしてみたらどうだろう。どうせ動けないのだから。
そう考えて、実際に3日位、何もしなかったことがあります。 
 すると、今日一日生きていられることに喜びを感じるようになった。些細な親切でも、感謝の気持ちを強く持つようになる。 今まで頭の中を錯綜していた苦悩を気にしなくなった。

 現実逃避ともいわれるかもしれませんが、今となっては、どん底から這い上がる一つのきっかけだったと思います。

 よくお寺の修行で、断食や座禅で欲を捨てることを訓練で行いますが、同じような理由があるのかもしれない。私自身の考えですがそう思いました。

これからはいくつか復活、挫折のプロセスがありました、今も継続しておりますが、次回の話題にします。
 それでは、皆様によって よい一日が過ごせますことを願って 失礼いたします。
 
 
 
 

2012年5月1日火曜日

毎年 季節の変わり目は弱いです。

何とか、社会復帰してなんとかやっています。

いろいろ新しい目標を立てて、無理せず今年できる目標を
、一つ一つ。
そんなマイペースさを忘れず。

でも、季節の変わり目、自分が意識していないところで、いろいろ負担があるらしい。

毎年何かと、元気がなくなるのもこの季節。

心技体ともよく言いますが、本当にその通りであると感じます。

2011年10月13日木曜日

macとの思い出

先日、アメリカアップル社の 前CEO Steve Johb氏が 他界されたとの報道がありました。

まだ50代の若さということで、とても残念でなりません。

20世紀後半に、全世界中に、パーソナルコンピュータを普及させ、その後の
ネットワークとの相互接続、インターネット、音楽プレーヤーとの連携など、
次々の人類の生活スタイルに革新的な影響を与えてくれた人物であると
私は感じております。

もちろん、同時期に Windowsを普及させたMicroSoft社の Bill Gates氏 とは市場競争の
対局となったわけですが、

アイコン画面を、マウスポインターで、クリック、ドロップ、スクロールなどの直観的なユーザーインターフェースは
 私も含めて、当時、画面にキーボード入力が主流で敷居が高かった、PC機器のイメージを衝撃的に一新しました。

 その後、マウスポインターの操作系は、マイクロソフト社のMS-DOSからWindows95、
ワークステーションでおなじみの、UNIXのXWINDOWという、グラフィカルユーザーインターフェースにも発展されてきました。いち

 ちなみに、私が初めてMACに出会ったのは、大学の卒業研究や論文作成の頃でした。
MACには、当時のクラリスやADOBEなどのソフトウエア会社が、文書作成ソフトや、表計算、図面描画ソフトが揃っており、一台のPCで、同時に、計算してグラフを作成しながら、論文の文章を作成するという、今でいうマルチタスクができるということで、誠に重宝しておりました。

当時、デスクトップの値段は、まだ数十万円、ソフトウエアが数万円という高価なもので、
当然私のように、奨学金を充てにしている貧乏学生には、とても個人で変える代物ではなかったです。

ですから、卒業論文など、同じ同級生や、先輩のマスターの院生と、1台のPCで交代で使っていました。 当時は、Windows3.1や、UNIXの日本語エディタ(TEX)もありましたが、
一度使い勝手の良さを知ってしまうと、扱いが違いましたね。

今では当たり前である、アプリケーションの起動時の砂時計というのも、時間待ちを楽しい気分にやわらげていたかもしれません。
(メモリーを使いすぎて、強制シャットダウンする前に、爆弾マークというのも、急ぎの時も苦笑いで済んだのかもしれません)

その後、マイクロソフトとの互換性や、PC本体をお好みにカスタマイズしにくい、さらに価格がどうしてもということで、一時マイクロソフトに、市場が傾きましたが、

独自のインテリアに負けない外観や、音楽プレーヤとの親和性、さらにWindowsとのファイル互換など
かつてMACユーザーから他へ流れたユーザーを取り戻してきました。

が、しかし、私が一番衝撃だったのが、マウスポインターから、人間の指を触れるという、さらに直観的な操作系に発展してきたことです。
 もちろん、指の前には、PDA(palm OS)や、任天堂DSのような、タッチペンの操作系も、画期的でしたが、それ以上に活用の自由度が変わったのではないでしょうか?
 
 私も学生同時にMACを使っていた頃、約10数年後は、端末は薄型タッチパネル一枚で、操作は指を触ってなど、まったく想像できませんでした。
 私は、現在PCはWindowsを使っていますが、モバイル端末として誘惑に負けて、i-Phone4を使っています。
 最初はちょっと使いにくいと思いましたが、慣れてくると不思議なもので、しっくりきます。

おそらくですが、人間も赤ちゃんのころ、最初はペンも握れないし、砂場に指一本で何か落書きを書き始めたと思います。
 なんとなくですが、言葉に表現できない、遺伝的な触覚などの感覚を呼び覚ますという部分で、受け入れられるようになったのかと思います。

今からさらに10年後、いったいどのような未来の文化が生まれるのだろうか?

エンジニアの端くれである、私でさえ、まったく想像できないと思います。それこそ22世紀から
20世紀にタイムマシンでやってきた、ドラえもんの秘密道具が完成するかもしれません。

ただ、ドラえもんの漫画でも度々、便利な道具は、万能ではなく、欠点があることを理解して使わないと、仕返しを受けてしまうことも見せています。

キーボードが、マウスポインタ、指となったように、自然や、人間が本来もっていた感覚というのを

協調していく形になっていくのかもしれませんね。

10年後の未来は、急には出来てこないですが、一日一日、何か少しでも、前向きに課題をみつけて試行錯誤して発見、創造を積み重ねていったなら、アップル社のような、大きな文化の波が生まれるのかもしれません。

2011年9月18日日曜日

日本の首相が交代、日本の真のリーダーシップと真摯さを出してお願いしたい

なんとか、夏の電力危機を、国全体で協力して乗り越えたというところです。

ただ、そうは言っても、東北地方の津波被害の影響、福島原子力発電所の状況は、
まだまだ、緊急を要する対策が必要なのは代わりません。

個人で協力できること、自治体でまとまってアクションをすること、政府の力が必要なアクション
様々なアクションの規模、段階など混在している状況かと思います。

それでも、3月11日から半年が過ぎ、かなり自治体、住民、支援者の小単位での協力があって
被災地のがれき撤去や、生活インフラの復旧など、少しずつですが前進しております。

これらの成果、パニックにならずに、一つずつできることを前進していくのは、被災者が、被害者意識だけでなく、自分達が協力してなんとか立て直すという当事者意識がなければここまで
復旧できなかったかもしれません。

 支援する側も、人事ではなく、東北を立て直すことが、日本を立て直すために必要なことと思われているはずです。

 事実、日本の農業、漁業、産業において、東北地方の貢献というものを、改めて国民が現実を知らされた訳ですから。

 日本の政府リーダーが、刷新しました。
野田さん、若いリーダーですが、津波や液状化で大きな被害があった、千葉県の有権者から指示を得て、政界で活躍された方です。

 派手でも、地味でもいい、政府の一番本質の役割を肝に銘じて、真摯な姿勢で、日本のリーダーシップとして立て直しに、全力で取り組むことに、有権者として期待したい。

 私共も、有権者の一人として、政府の批判だけでなく、日本を立て直すにはどうして欲しいかと前向きな考えをもつ必要はあると、改めて思う。

2011年7月14日木曜日

冷静に、目的とその手段の関係を考えて

日本国内では、原子力発電所の事故復旧を始めとした、地震、津波災害復旧という
大きな克服すべき課題と試練に立たされております。

結果として想定外であったとしても、現実には、応急処置、そして恒久的な処置としても
時間を急ぐ状況になっております。

これは、災害地だけの問題ではなく、東北から離れた、関東地方でも、様々な問題に
直面しております。
 対岸の火事的な考え、事なかれで済まされることが、一番日本の再建に向けての障害で
あると考えます。
 
 私もそうですが、時間を迫られると、視野が狭くなり、最終的な目的を考えずに、目の前の
手段をすることが目的と、誤認してしまうことが多くあります。

とかく、文句はいいからとにかくやれっというのは、このような場合に陥る傾向であります。
この場合、指示を出す方が、何のためにという本質を理解していないことが往々にしてあります。

そして、指示=目的=手段と勘違いし、何でだというと、「今までよいと思って当たり前のように
やってきたから」、と現状との乖離度合いを無視して、手段をすることが結果を出したと
勘違いする。

災害の問題については、日々刻々と厳しい現場で命がけの対応がされている中、報道でのクローズアップの視点や、立法、行政側の国として代表権のある方たちは、現場での対応をされている方との意識の温度差というものは、どうしても感じます。
 どうしても場当たり的になってしまうのは、自分達が手を汚さず、遠隔操作でことが済んでという
意識があるからかと、私は思います。

 今の問題は、専門家、行政、国民含めて、お互いの立場で、一つの目的意識を共有化して
それぞれの立場でできることを優先順位をつけて積極的にやっていかなければならない。
そのためには、正直ベースで、何がわかっていて、何が推論でどうしているか、しようとするかを
それはどうゆう理由でを、真摯な態度で伝えていかなければならないし、耳を傾けなければならない。

私も立場でできる協力が必要な状況は知っているし、協力を躊躇うつもりもない。
だけど、何のためにという冷静な突っ込みと、考え直す冷静さは失ってはいけないと
肝に銘じて、これは今私が冷静に思うところです。

2011年7月13日水曜日

とにかく暑い!体調管理には注意を

今年も暑いです。
昼間あまりクーラーを使えないこともありますが、
それだけではありません。やはり密集したところに人が集まりすぎなのかもしれません。

少なくともクーラーだけでなく、日陰と風の流れがあれば、随分違います。

夜も暑くて、熟睡できないかと思います。
確かに、節電には気をつけないといけませんが、熱中症になってしまっては
どうにもなりません。
 とにかく、あまり無理しないことが大事だと思います。
私も冷房は苦手ではありますが、扇風機のそよ風があれば、大分楽になります。

疲れを溜めないように

2011年6月2日木曜日

事件は会議室で起こっているのではない、現場で起こっている!

タイトルは、以前、映画「踊る大捜査線」で主演の青島刑事が、現場報告の有名な台詞です。

ここ数日、ニュースを見ていますが、やはり3月11日に起きてしまった

未曾有の危機的大規模被害からの復興が、一進一退の状態であることが、

ずっと気になっております。

これから東北地方も梅雨に入りますので、土砂崩れなどの2次的被害の恐れもあります。

もちろん、他人事ではなく、某CMのように、日本国民が一つのチームとなって支えていかなければ
復興はできない大きな被害であると考えていますし、自分の立場で協力できることを考えて、やっていかなければという意志は、毎日ずっと持ち続けております。

そんな中、連日のニュースでは、代議士の皆様達や政府関係者の行動について、当事者意識の欠如を感じざるを得ない状況が続いております。

国会や政府内で、政府の対応を駄目だし、批判し合っている場合ではないんです。

日本の政治家は総論賛成、各論反対とよく言いますが、今は手段と目的を入れ違えている場合ではない。

まずやらなければならないこと、それは 
1)きちんと、復興の大目標の意思統一を図った上で、
2)事実に基づいた問題点の情報収集と課題の洗い出すこと。
3)いつまでに、どのような目標をたて、どのように進めて行く、
4)どのような段階で状況をチェック、見直しするなどのアクションプランを共有化し、
5)アクションプランを分担し、どの組織が、当事者意識をもって責任をもって実行するか

以上の段階的なアクションを、政府、国民の代表である代議士さんが、建設的な提案を出して、国民の先頭をきって速やかにやっていかなければならない。

政府の対応が良くないからといって、

議会が復興に向けた建設的な方向付けを決める行為を止めてまで、
内輪もめをするというのは、国民の代表である代議士さんたちの、当事者意識の欠如が
疑われてしかたがない。

せめて、うまくいっていない状況を打開するために、建設的な意見や行動は精力的に行われていただろうか? 

大体、内閣不信任案をだすから、俺が今の政府に変わって、このように進めて行くと具体的に明言されている議員さんがどれだけいるだろうか、この手の話は、全く話題にもならない。

また、仮に議会解散をして選挙となったとしても、現状被害に合った地域では、有権者数の把握まで不完全な状態が続いており、選挙そのものができるかもわからない状況である。

当事者意識の欠如したメンバーだけの議論は、問題解決に向けては時間の無駄でしかならない。

まさに、事件は会議室で起きているのではなく、現場で起こっているという台詞がふさわしい。

また、自分にとっても、有権者としての責任や当事者意識の問題を問われていると感じる。

私の提案ではあるが、国会や内閣政府機能の当事者を、一時的に、問題解決に向けたアクションが完遂するまで、東北地方の被災地域近辺で実施したらどうだろうか?と思う。

それだけでなく、議員宿舎は、避難所と同じ条件で、食事は配給、議員報酬の中から食費を出す。
議員報酬の半分を、復興支援基金に当てるなど。

これは、議員さんに対する中てつけではなく、

議員さんの立場でやれる範囲を踏まえた上で、現場をよくみて当事者意識をもてば、

適切なアクションを速やかに努力実施するしかないだろうし、

被害に遭われた地域からも、情報が正しく伝わりやすいし、的確な行動によて、お互いの信頼をもってもらえるようになるのではという、期待もこめてである。

現状、被害に遭われた当事者からは、政府関係者は悪代官という色眼鏡でみられていると感じる。

そうゆう状況から信頼を取り戻すのは、いかに問題意識をもって課題に取り組んでいるかを、自分の立場で最大限実践し続けることしかないだろう。

実際、被害を受けた自治体では、被災された人達が、協力して復興に尽力をつくされている。
そんな中で、一番復興に向けた大きなアクションを立案実施する権利を持つものが、
内輪もめで、審議を遅らせてというのは、非常に腹立たしく思う。

2011年5月28日土曜日

褒めるところは褒める、叱るべきところは叱るじゃないですか?

関東でも、梅雨入りしました。

なんとなく、この時期は気分がネガティブ思考になりがちです。

特に、今年は3月11日の大きな出来事があったから。

でも、すべてがネガティブ思考になってしまうと、今度は被害者意識が強くなって

本来進まなければならないことに対しても、足の引っ張り合いになってしまうことが

よくあります。

特に、大勢の組織として、力を合わせていかなければならないことって

生きていく以上、一杯ありますよね。

報道では、政府や東京電力の幹部への批判が集中しております。

おまけに、政府の足の引っ張り合い議論まで始まる始末。情けない。

まだ、問題は解決していないし、日々刻々と状況が厳しくなっている。

お互いの立場で、しなければならないことは沢山ある。

当事者意識というものが、伝わってこない。

もっと情けないのは、そんな連中を選挙で選んでしまった、我々有権者でしょう。

これも、当事者意識が問われることです。

さて、とは言っても、どのように打開するか?が本題です。

基本は、どうしたいのかの大目標と、目標を達成する上での過程での小目標つまり

どのような形で、目標を達成していくかの過程としての目標とアクションを

きちんと当事者意識をもって、自分の立場で考えてやることに尽きます。

もちとん、物事を進める上で、目標通りにいかないこともありますし、思わぬミスをして
しまうこともあります。

あめとムチという言い方もありますが、まず冷静に、目標に対して、何が事実としてできて

何が、出来ていないかをオーソライズできる信頼関係を作っていかなければなりません。

その基本は、私の経験からすると、褒めるところは褒める、叱るところは叱る。

叱ったときは、一方的に責めるのではなく、どのようにしていけばという課題を考えて、
お互いに共有化する。

褒めるべきところは、ほめて、更にどのような形で、より継続できるように、課題を共有して
取り組む。

これなんじゃないですかね。

2011年5月1日日曜日

改めて見直す事

ここ1ヶ月、大変な事が、起きてしまいました。

 改めて、自然界でおこる事の脅威、そして、人間の科学技術に対する過信
の脅威を事実で実感する機会だと感じました。

 そして、かなわないものが、有るからこそ、自然界の恩恵を尊重しなければ
ならないし、認め合うことで文化の中で共存していかなければならない。

 今回改めて、人同士の共存と協力が、自然に機能した事に、少しでも救い
を感じております。

 被害規模は違いますが、昨年起きたチリ鉱山での事故、
そして、閉じ込められた作業員達が、極環境下でも、冷静な判断をされたことで
救出をする側、待つ側と、お互いに、一つ一つ信頼関係を築き、積み重ねた結果
無事に救出されたことを思い出します。

 日本でも、都市部を中心に、人間関係の希薄化が、指摘されていました。

しかし、今回特に東北地方の方を始めとして、信頼の強い絆をキチンと共存されていたことを
改めて賞賛する機会でありました。

 と同時に、一番パニックになったのは首都圏の人間であって、結果災害支援に、迷惑をかけてしまう事になった事実に対して、憂いを感じました。

 私の推論ですが、おそらくチリ鉱山での当事者も、東北地方の方々も、
普段から、人と人の強い信頼関係を、一つ一つ積み重ねて築かれた事が、

 未曾有な規模で起こってしまった自然災害の被害から、
人災が切っ掛けで引き起こす2次災害を最小限に、踏ん張る事が出来ていたことなのかと感じました。

 色々な被害の事実が、明らかになり、
東北地方の方々の日本全体への貢献の大きさを改めて実感します。

 私も他人事ではなく、真摯に事実を認識し、自分自身何ができるのか?
少しでも貢献出来る事を協力していこう。そういう気持ちでいます。

 東北地方は、自然豊かな場所が、沢山あります。
連休は、脚を運んで、つまらぬ風評被害の払拭に協力して行く予定です。

2011年3月1日火曜日

青森まで超特急

昨年、東北新幹線が八戸から青森まで延伸開業しました。

そして、この3月に最速の新幹線、はやぶさ号では、時速300km運転で、

東京から青森まで、最速3時間30分という旅路になります。

東北新幹線が、盛岡まで開業する前は、午前中へ青森へ行こうとなると、
前日夜、上野駅からの夜行列車とで、次の朝に到着というのがイメージとして
定着しておりました。

東北本線を北上する、寝台特急「はくつる」「ゆうづる」。
山形、秋田経由の「あけぼの」号が代表的でして、
貧乏学生には、割安な急行「八甲田」や「津軽」なんていうのもありました。

それ程、陸奥は遠い道のりだけど、夜行列車に揺れて。
前の席の初対面の客と、いろいろ談笑して。

それは、過去のものになりつつあります。
(まだ「あけぼの」号は、長岡、秋田経由の寝台特急でありますが)

3時間半といったら、東京から日帰りも可能な時間になります。
飛行機のファーストクラスのような、1等席もあるのです。

新幹線の名称も、最初は「やまびこ」から、「はやて」、そして「はやぶさ」へ

名称のようにスピードアップして、より東北地方が身近になっていくのでしょうか?

ただ、私には、「はやぶさ」の名称は、どうしても、東京から九州へ向かう、寝台特急の
イメージがあって、なんで東北新幹線なの?という、ちょっと複雑な気分もあります。


ブルートレインの「はやぶさ」は、学生時代にはお世話になりました。
なにせ、学割+周遊券がありましたし、飛行機よりも早い時間に到着できるためでも
ありました。


年齢がばれますが、東北新幹線も、青森行き昼間の特急「はつかり」のほうが、なんとなく親しみやすいかしら。

まあ、JR東日本も新幹線で、東北地方をゆったり旅するという、コンセプトを表わしていますので
平日の東海道新幹線のような、ビジネスマンがしきりにノートPCで仕事して、という殺伐さは
少ないかもしれませんし、それを期待しているところもあります。

2011年2月16日水曜日

更に昨日も大雪、積雪

関東も雪が積もりました。

連休中に続いて、昨晩、一気に大雪でした。

確かに寒いけど、雪が降ると、乾燥とは違う、湿気をもった温かさを
感じます。

また、自動車の走行音も、雪で一際静かに、独特です。

2011年2月11日金曜日

カラカラ一転、雪景色に

どうも3連休は、関東地方でも雪が降りつもるようです。

乾燥には、恵みではありますが、雪になるとは、、、。

2011年2月7日月曜日

雨降らないですね。

東京は、正月から連続して乾燥注意報が出ています。

そのためか、周りの小学校等では、インフルエンザの感染が蔓延してきています。

私も、正月の3ヶ日に受けてしまったですし、今も時々喉がおかしいときもあります。

日本海側では、大雪で大変なことになっていますが、関東地方は、日本の地形上
湿った空気は、上越国境の山々で遮られ、乾いた北風だけが降りてきます。

それにしても、例年ですと一度は雪に見舞われることもありましたが、ここまで
雨も降らないというのは、異常気象なのかしら?

うがい、手洗いでの予防、栄養を補給して、良く寝ることで、免疫を強くするのが
一番の策かもしれません。

もう少しすると、杉の花粉が舞い始める時期になります。このまま乾燥が続くと、
黄砂、杉花粉、インフルエンザのトリプルパンチ、沿え恐ろしい。
しばらく、マスクとのど飴は欠かせないものになりそうです。