昨日まで、3回にわたり、NHKドラマ「ツレがうつになりまして」を視聴しました。
これは、反響が大きかった、作者の実際の経験を綴った原作漫画を、ドラマ化したものでした。
主演の原田泰造さんと、藤原紀香さんのキャストも自然な感じでしたが、
実際にうつ状態で働く気力を失った夫の心情は、私も同じような経験をしましたので
共感を持って視ておりました。
うつの夫を持つ妻の接しかたの難しさ、これは、自分から視ると他人の支えと、理解する気持ちがなければ、うつからの回復は無かったのではと、改めて感じております。
原作の作者(妻)は、漫画本と言う形で、身内の方が鬱状態になったときにどのように接していたか
等を、実体験に基づいて、多くの人に伝えられました。
私はどうかというと、つたないブログを書いておりますが、やはり、同じような問題を抱えてしまった方や、その周りの人々へ、何か解決の手がかりになることができればという気持ちは持っております。
ただ、それは義務的なものではありませんし、できるとこから「無理をせずに」できるとこからやっていこうと考えておりますよ
2009年6月13日土曜日
2009年6月8日月曜日
驕れる者は久しからず ベルリンの壁崩壊の時
昨日天安門事件のコラムを書きました。
私が学生時代に、世界で起こったことで、一番印象に残った事件は、やっぱりベルリンの壁崩壊とソビエト連邦の崩壊でした。
当時、アメリカを中心とした資本主義経済国家(西側)と旧ソビエトを中心としたレーニン主義国家(東側)で、特にヨーロッパは2分されておりました。
その象徴が、ベトナムであり、朝鮮半島であり、ベルリンの壁で分断された東西ドイツでした。
90年代は、東側のレーニンマルクス経済が破綻しかかってきておりましたが、ソビエトのイデオロギーの状況からは、東西ドイツの分断は、数世紀もずっと続くものだろうと思っておりました。
私は第二外国語は、たまたま独語でした。が、お陰で、西ドイツの国名は Bundes Republik(BDR)、東ドイツは、Deutsch Demokulatik Republik(DDR)とか、いろいろ興味を持って授業を受けることができました。
崩壊の発端は、東側のハンガリー国が、経済の自由化のために、西側諸国との行き来を開放したことでした。
それからは、堰を切ったように、事が進みました。
ホーネッカー議長の失脚、その後の政権のミスにより、ベルリンの壁を開放することになり、東ドイツの自動車、トラバントに乗って国境を渡る人々の姿が、今も印象に残っています。
その後、ソビエト連邦も崩壊し、レーニン像を取り外す映像が象徴的でした。
さて、占領分割当時のベルリンは、西ベルリンと東側との鍔迫り合いの話しがありました。
それは、西ベルリンへの兵糧攻めを仕掛けたソ連に対し、アメリカやイギリスが空輸作戦で、流通の孤立を防ぐために、対抗したこと。
西ベルリンに、強力な電波塔を建て、東側の人々に届くように、西側のテレビやラジオ放送を使って、東側のプロパガンダに対抗したことなどです。
今も朝鮮半島の国境では、同様のことが行われていると聞いております。
今や、統合したドイツは、環境先進国、ポルシェやメルセデス、BMW、ボッシュ、ツァイスやライカ、シーメンス、ヘンケル等、高い精密技術でも世界に知られる程の、経済大国ですね。
ほんの10数年前あった事、紙製の車体の自動車(トラバント)が、労働者が10年待ちでやっと購入することができた事実が、今や信じられない位になってしまいました。
諸行無常、栄枯盛衰、驕れる者は久しからずですね。
私が学生時代に、世界で起こったことで、一番印象に残った事件は、やっぱりベルリンの壁崩壊とソビエト連邦の崩壊でした。
当時、アメリカを中心とした資本主義経済国家(西側)と旧ソビエトを中心としたレーニン主義国家(東側)で、特にヨーロッパは2分されておりました。
その象徴が、ベトナムであり、朝鮮半島であり、ベルリンの壁で分断された東西ドイツでした。
90年代は、東側のレーニンマルクス経済が破綻しかかってきておりましたが、ソビエトのイデオロギーの状況からは、東西ドイツの分断は、数世紀もずっと続くものだろうと思っておりました。
私は第二外国語は、たまたま独語でした。が、お陰で、西ドイツの国名は Bundes Republik(BDR)、東ドイツは、Deutsch Demokulatik Republik(DDR)とか、いろいろ興味を持って授業を受けることができました。
崩壊の発端は、東側のハンガリー国が、経済の自由化のために、西側諸国との行き来を開放したことでした。
それからは、堰を切ったように、事が進みました。
ホーネッカー議長の失脚、その後の政権のミスにより、ベルリンの壁を開放することになり、東ドイツの自動車、トラバントに乗って国境を渡る人々の姿が、今も印象に残っています。
その後、ソビエト連邦も崩壊し、レーニン像を取り外す映像が象徴的でした。
さて、占領分割当時のベルリンは、西ベルリンと東側との鍔迫り合いの話しがありました。
それは、西ベルリンへの兵糧攻めを仕掛けたソ連に対し、アメリカやイギリスが空輸作戦で、流通の孤立を防ぐために、対抗したこと。
西ベルリンに、強力な電波塔を建て、東側の人々に届くように、西側のテレビやラジオ放送を使って、東側のプロパガンダに対抗したことなどです。
今も朝鮮半島の国境では、同様のことが行われていると聞いております。
今や、統合したドイツは、環境先進国、ポルシェやメルセデス、BMW、ボッシュ、ツァイスやライカ、シーメンス、ヘンケル等、高い精密技術でも世界に知られる程の、経済大国ですね。
ほんの10数年前あった事、紙製の車体の自動車(トラバント)が、労働者が10年待ちでやっと購入することができた事実が、今や信じられない位になってしまいました。
諸行無常、栄枯盛衰、驕れる者は久しからずですね。
20年前のある思い出
今週、中国北京の天安門事件から、20周年が過ぎたことを知りました。
私が学生時代に、鮮明に覚えている、世界で起きた大きな事件は3件ありましたが
その一つが、天安門事件でした。
(ちなみに他の2つは、ベルリンの壁崩壊から始まる、東西国家冷戦の終結と、アメリカがイラクに侵攻した湾岸戦争です)
事件があった当時、私の学友には、中国からの留学生がいました。
私は、彼にチューターという相談役の学生として、付き合いをしていました。
当時中国からの留学生は、国から選抜された国費留学生でした。
母国で工科系の大学を終了してから、一年間日本語学校で、言葉を学び
それから、日本の学校へ編入という形でした。
彼らからは、私はいろいろな事を学びました。
彼が、私に最初に言ったことは、「日本語の漢字は、書くのが難しい!」でした。
現在は、中国で使う漢字は、簡体字という、もともとあった漢字を簡略化した文字を
使っていることは、よく知られております。
(ただし台湾では、繁体字とよばれる、当時の文字のまま使われています。)
私が学生の頃学ぶ漢字は、新日本字とよばれるように、簡略化した漢字でしたが、
漢字の発祥地の人が、漢字が難しいと言うから驚きでした。
当時私は日本と中国で使う漢字の違いすら知らなかったのでした。
彼とはよくいろいろ話しをしましたが、ちょうど一緒にテレビを見ていたときに、
天安門事件の様子が映し出されたことを、よく覚えております。
暴動を鎮圧する軍隊の様子が映るその時、なんとも言えぬ言葉にならない様子だったことを思い出しました。
彼曰く、民主化を求める学生達に対しては、「余り勉強しないで政治活動ばかりやっている連中」とは
言っていましたが、母国から派遣された立場から、政治批判ができないため、建前だったのかもしれません。
私は、それ以上は言葉を求めませんでした。
その後、卒業する頃には、鄧小平主席の出現により、自由経済化に大きく政策転換し、
国の様子も大分変わりました。
ただ先日知ったこととして、残念に思うのは、未だ政府は天安門事件の事を、触れられたくない出来事としてプロパガンダの検閲対象になっていることでした。
私が海外で一緒に働いた中国の方々は、彼や私と同じ位の年齢でしたので、どうしても20年前の出来事を思い出してしまうことがあります。
それでも、片言の言葉しか通じない不安の中で、いろいろ一緒に考えて教えてもらった仲間として、大事な人です。
たとえその国の政治が嫌いでも、その人の人格を嫌いになってはいけない。
よく思い知らされました。
私が学生時代に、鮮明に覚えている、世界で起きた大きな事件は3件ありましたが
その一つが、天安門事件でした。
(ちなみに他の2つは、ベルリンの壁崩壊から始まる、東西国家冷戦の終結と、アメリカがイラクに侵攻した湾岸戦争です)
事件があった当時、私の学友には、中国からの留学生がいました。
私は、彼にチューターという相談役の学生として、付き合いをしていました。
当時中国からの留学生は、国から選抜された国費留学生でした。
母国で工科系の大学を終了してから、一年間日本語学校で、言葉を学び
それから、日本の学校へ編入という形でした。
彼らからは、私はいろいろな事を学びました。
彼が、私に最初に言ったことは、「日本語の漢字は、書くのが難しい!」でした。
現在は、中国で使う漢字は、簡体字という、もともとあった漢字を簡略化した文字を
使っていることは、よく知られております。
(ただし台湾では、繁体字とよばれる、当時の文字のまま使われています。)
私が学生の頃学ぶ漢字は、新日本字とよばれるように、簡略化した漢字でしたが、
漢字の発祥地の人が、漢字が難しいと言うから驚きでした。
当時私は日本と中国で使う漢字の違いすら知らなかったのでした。
彼とはよくいろいろ話しをしましたが、ちょうど一緒にテレビを見ていたときに、
天安門事件の様子が映し出されたことを、よく覚えております。
暴動を鎮圧する軍隊の様子が映るその時、なんとも言えぬ言葉にならない様子だったことを思い出しました。
彼曰く、民主化を求める学生達に対しては、「余り勉強しないで政治活動ばかりやっている連中」とは
言っていましたが、母国から派遣された立場から、政治批判ができないため、建前だったのかもしれません。
私は、それ以上は言葉を求めませんでした。
その後、卒業する頃には、鄧小平主席の出現により、自由経済化に大きく政策転換し、
国の様子も大分変わりました。
ただ先日知ったこととして、残念に思うのは、未だ政府は天安門事件の事を、触れられたくない出来事としてプロパガンダの検閲対象になっていることでした。
私が海外で一緒に働いた中国の方々は、彼や私と同じ位の年齢でしたので、どうしても20年前の出来事を思い出してしまうことがあります。
それでも、片言の言葉しか通じない不安の中で、いろいろ一緒に考えて教えてもらった仲間として、大事な人です。
たとえその国の政治が嫌いでも、その人の人格を嫌いになってはいけない。
よく思い知らされました。
2009年6月3日水曜日
省エネルギーのため、24時間サービスは最小限に
IT化、そして経済のグローバル化のお陰で、世界の時差を乗り越えて
昼夜問わず、がんばっている人達がいます。
ご苦労様といいたいです。
でも、会社でITのサーバー室をご覧になられたことのある方ならば、思うかもしれませんが
ネットワークサーバーは、一日中動作させると、かなりエネルギーを消費し、熱を発生します。
そのため、多くの大企業では、省エネで冷房の設定温度を上げても、コンピュータに対しては
十分な冷却をさせています。
この不況の中で、効率化を求めるのであれば、一度ITを使う時間を制限してはどうでしょうか?
もしくは、24時間体制の規模を縮小してはどうでしょうか?
どうしてもというのであれば、昼間太陽光発電し、充電した電力で、必要最小限の動作だけに
抑えてもいいのではないでしょうか?
私が思うのは、ITが何でもやってくれる便利なものと勘違いされている方々も多いのではないでしょうか? 所詮 ITの動作は人間がある決まったルールでプログラムされたものの範疇で、計算などの
動作がすばやくできるものであり、未来を勝手に考えてくれるところまでは至ってはないのです。
現在は、高速通信のお陰で、多くの情報量が瞬時に発信、受信することができます。
ただし、どこまでが重要なものであるかと言う尺度を持つと、30%程度は、余計なものか
あってもなくてもよいものかもしれません。
日本で、ITが本格的に導入されてそろそろ10年経ちます。そろそろ目的と実績の格差
見直しの時期に入っているのではないでしょうか?
PCの文字ではなく、心のこもったコミュニケーションや、人間らしさを生活に取り戻す時期だと
思います。
昼夜問わず、がんばっている人達がいます。
ご苦労様といいたいです。
でも、会社でITのサーバー室をご覧になられたことのある方ならば、思うかもしれませんが
ネットワークサーバーは、一日中動作させると、かなりエネルギーを消費し、熱を発生します。
そのため、多くの大企業では、省エネで冷房の設定温度を上げても、コンピュータに対しては
十分な冷却をさせています。
この不況の中で、効率化を求めるのであれば、一度ITを使う時間を制限してはどうでしょうか?
もしくは、24時間体制の規模を縮小してはどうでしょうか?
どうしてもというのであれば、昼間太陽光発電し、充電した電力で、必要最小限の動作だけに
抑えてもいいのではないでしょうか?
私が思うのは、ITが何でもやってくれる便利なものと勘違いされている方々も多いのではないでしょうか? 所詮 ITの動作は人間がある決まったルールでプログラムされたものの範疇で、計算などの
動作がすばやくできるものであり、未来を勝手に考えてくれるところまでは至ってはないのです。
現在は、高速通信のお陰で、多くの情報量が瞬時に発信、受信することができます。
ただし、どこまでが重要なものであるかと言う尺度を持つと、30%程度は、余計なものか
あってもなくてもよいものかもしれません。
日本で、ITが本格的に導入されてそろそろ10年経ちます。そろそろ目的と実績の格差
見直しの時期に入っているのではないでしょうか?
PCの文字ではなく、心のこもったコミュニケーションや、人間らしさを生活に取り戻す時期だと
思います。
2009年6月1日月曜日
どんより、じめじめ、嫌な季節ですね!!
今日から6月、ここ最近、関東では雨か曇りの日が続きました。
気温も上がり、じめじめと外はどんより、なんとなく気分が落ち込みがちになりそうですが。
こんな時こそ、何かじっくり打ち込んでみるのもよいかもしれません。
思い切って、掃除をしてしまうのはどうでしょうか?
あまり張り切らないで、できるところまでやってみる。そして次回にやることを
決めておけばいいと思います。
身の回りを清める = 精神を清めること なのかもしれませんね。
気温も上がり、じめじめと外はどんより、なんとなく気分が落ち込みがちになりそうですが。
こんな時こそ、何かじっくり打ち込んでみるのもよいかもしれません。
思い切って、掃除をしてしまうのはどうでしょうか?
あまり張り切らないで、できるところまでやってみる。そして次回にやることを
決めておけばいいと思います。
身の回りを清める = 精神を清めること なのかもしれませんね。
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