2009年7月10日金曜日

マネーゲームの代償 オバマ大統領への期待

わが日本政府は、経済問題で景気が底が見えてきたと、若干安堵のコメントを出しておりますが、

ここ最近、再び対ドルの円高と、原油価格が上昇してきております。
昨年、国民生活を苦しめた2大要因が、再び襲いかかる前触れかもしれません。

一部の資産家によるマネーゲームが再度仕掛けたものだといわれています。

これだけ経済のグローバル化が進んでしまうと、一部のマネーゲーマーのわがままな行動が
世界中の人々に危害を与えることは、昨年末に実証されているはずです。

金銭は、価値の対価との一つの手段かもしれませんが、徳川家の印籠や、スペードのエースの
ようにオールマイティではありません。
 事実、見えないマネーゲームで騒いでいるのは人類だけです。

欲望とは、永遠に満足しないものだといわれています。だから資産家は、100万ドルを持っていても
貧しい人には目もくれず、1000万に増やしたし、独占したい気持ちになるのかもしれません。

日本の金融庁や経済産業省のアクションは、お金の使い道に間違えがあることに、目を向ける必要がありますし、それも期待薄です。

だから、オバマ大統領の演説にある、一部のおろかな行動を憂い、しかるべきアクションをとると
明言されたことは、人類の倫理的価値観への一筋の期待です。

2009年7月9日木曜日

7月7日、夜空に願いを

7月7日、七夕の日を迎えました。

 関東地方は、梅雨入りの最中ですが、雲の切れ間から、満月と星空が見えるときも
ありました。

 二つの星が、一年に一度接近するということで、貴重な時期に、
ささの葉に、短冊に願いを書き吊るす風習があります。

 ところで、皆さんの願いとは、何でしょうか?

私と同年代は、将来の希望に不安を持っている人が多いのは事実です。
昨今の経済事情等を考えると、私も同様に感じる一人であります。

でも、将来に不安があると言う事は、ある意味人生を真剣に考える課題があると前向きに
考えたほうがよいのかもしれません。

昨年は、そんな余裕すらなかったですから、、、。

 短冊に夢や願いを書くのことは、他人の迷惑にならない範囲内では、内容は問われません。
かつて戦前の国家にあったような、偏った思想と権力による、検閲等はありません。

 だからこそ、夢を大きく書き述べても良いんじゃないですか!

 今ちょうど、大小問わず夢を持って、筆をもつ意思があるとき、それが前向きな生き方への
一歩なのではないかと、私は思います。

 蛇足ですが、こんな日に、近隣の某国家では、空にミサイルを打ち上げておりました。
晴天の霹靂とか、真っ白な布に、一点の墨色のしみと言った感じです。
地球からは、人類は簡単に脱出することはできないのだから、つまらない争いは望みませんよ。

国防ミサイルを配備するエネルギーを、もっと平和利用に生かせないかというのが、私の願いです。

2009年7月1日水曜日

マイケル・ジャクソンに想う

先週末、残念な人の訃報を朝一から、耳に入ってきました。

歌手マイケル・ジャクソン氏の訃報です。

私が、小学生から中学生のころに、「スリラー」のヒットで、独特の振り付け含めて
記憶に残る日々でした。

リズミカルなナンバーの他にも、ジャクソン5の頃を引き継ぐ歌声での、スローナンバーも多く
[ I Just can't stop loving you] [ you're not alone] 等の美声はあたまの中に残るものでした。

訃報は、FMラジオ番組で知ったのですが、早速、追悼の意をこめて マイケルのヒットナンバーの
リクエスト曲が流れ始めました。

ここ数年、幼児虐待の裁判を受けたり、離婚、ネバーランドの負債など、後ろ向きな話題が多かったのですが、改めてヒットナンバーを聴くと、歌手としての実力を感じます。

 年々顔の整形をしたり、顔の色素を、黒人から白人のように変えてみたり、一体どのようなメッセージの本質だったのかは、わからずしまいでしたが、世界や、人種を超えて、一緒に耳を傾けるような存在であったことは、間違いありません。
 今は、とにかく残念の想いしか、言葉が浮かびません。

2009年6月29日月曜日

冤罪事件に思うこと。究極のパワハラ

「全部言ってしまえば、すっきりするぞ!」 って 取調室にカツ丼を持ってくる。
そんな場面が、昔の刑事ドラマにありました。

そんなかっこいいなどのきれいごとでは、済まない冤罪が明らかになりました。

以前から、同様なことは裁判で指摘されていましたが、ここまで理不尽になると
江戸時代の、長崎の隠れキリシタンを処罰する、「踏み絵」のやり方と変わらないと思います。

一連の証言によれば、警察や司法の追及や、検証方法の根本的な問題は、事の事実よりも、一つの事柄の結果だけで、犯人を思い込みで追求し、自白という事実をでっち上げることがまかり通ってしまっていることであります。
 容疑者に向かっていきなり「お前が犯人だろ!、うんと言うまで帰らんぞ!」これでは、事情聴取ではなく、脅迫や迫害であり、かつて旧ソビエトで、レーニン像にそっぽを向いたことで強制収容されてしまうことと、近いものがあります。

 以前からも、訴えていますが、「人格を無視して、人を責めることや否定するのではなく、事実に基づいた事を責めるべきである」 これが本質ではないでしょうか?
 ドラマ刑事コロンボを見て御覧なさいよ。
誘導尋問的な責め方ですが、事実を下に、発言の矛盾を立証しているではないでしょうか?

普段の人付き合いでも、感情を表に出して言うことも、時には大切でしょうが、最初から思い込みで押し付けるのは脅迫と変わりませんよ。

2009年6月25日木曜日

物事のありがたみを実感するには

「苦労は買ってでもしろ」
と、年長者によく言われることばです。

 私が自分を取り戻し始めた時に、なんとなくそのことを実感する
切っ掛けを得た、と思っています。

 ユビキタス社会、いつでもどこでも!といった便利な世の中ですが、便利なものや事が生まれる切っ掛けは、それまで手間がかかり苦労していた事実があってこそだと思います。

 私が休養に追い込まれた時、人間が生きる上で最低限必要な項目、つまり、「衣食住」において、いろいろ苦労させられました。 特に一番億劫に感じたのが、「食」の部分です。


 仕事から離れるわけですから、当然給料など収入は、激減です。
もちろん、会社からは手当をいただいておりますので、収入ゼロではないですので、贅沢はいえませんが、今までとは勝手が違います。

 住宅の返済費用や管理費、光熱費、自家用車ローン返済等を差し引いた中で、「食」と「衣」を賄わなければなりません。その他、通院が必要ですので医療費もかかります。

 うつの症状では、食欲も低下しますし、食べるのも面倒に感じてしまうこともあります。
そんな時は、外食やコンビニの食品は便利ですが、きちんと栄養バランスを考えると、どうしても割高になり、月末に赤字になるケースも目立ちました。

 最初は、以前からの貯金を崩してなんとかしておりました。
このときは貯金の備えをしていて助かったのですが、ずっとこのまま続ける訳にはいけません。
お陰で、外食のランチはどこがコストパフォーマンスがよいか、よく知るようになりました。

 3ヶ月ほどして、気持ちが上向きになったころ、ちょっとでもいいから自炊に挑戦してみようという気持ちになりました。

 料理番組でのちょっとした様子が切っ掛けでした。

 まずはご飯だけでも炊いて見ることにしました。炊飯器でもいいですが、必要な量だけと考えたところ、陶器の鍋釜で作ってみることにしました。

 米を研ぐ、水を吸わせる、吹き零れがないように、火加減の調整など、時間がかかり、面倒なところはありますが、完璧でなくてもいいと思いつつ、やってみると実に奥が深い。
 だから、おいしくふっくらと、かつ底面におこげができるようにうまくできた時は、なんとも言えぬ感動がありました。
 水加減を間違えてしまっても、柔らかければお茶漬けか、梅ぼしや海苔を入れておかゆ、固かったら炒めご飯で何とか対応できるのです。

 おかずは最初は、スーパーの惣菜そのままでしたが、お酒のおつまみのつもりで、野菜や豆腐などと組み合わせて、ちょっと手を入れてみるようになりました。
 主婦の知恵とか、料理人のまかない料理などは、興味深く参考にしていました。

 余った分は、冷凍などで日持ちできますので、結果的に以前に比べて食費は半分程度に節約でき、かつ、不燃ごみの量を減らすことにもつながりました。
 それ以上に、お金に現われない、食のありがたみという価値観の再認識を得ましたよ。

 日本の食糧自給率が低いことに、世間が危機感を持っておりますが、

改めて 「食べ物を粗末に扱っては罰があたる。 」
 「明日の自分があるのは、いろんな人々の苦労の積み重ねがあってこそ。」
と感じるようになりました。

 最近は、独身男性でも自分でお弁当を作る人も、多いようですが、決して悪いことではありません。
今もその心得は、忘れないように心がけします。