コンビニエンスストアで売っている食品のうち、賞味期限が近づいたものを、見切り品として、
店が独自判断で値引きして売ることに、コンビニ商社が規制をかけていたことについて、公正取引委員会から排除命令が下りました。
街中のスーパーでは、生鮮食品の見切り品販売や、加工品の材料に使う等の対応は、よく見られていました。
ところが、規制に従ったコンビニでは、見切り品については自主廃棄とし、仕入れ代金は自腹を切っていたようです。
世論では、もったいないとか、不況だから安く買える機会を与えてもいいじゃないか、という意見も多いかと思います。
食料品のように商品サイクルの短いものではないですが、私は、半年に一度モデルチェンジを頻発する家電業界に関わるものでありますので、コンビニ本社の規制については、苦しい事情に多少は同情したい気持ちはあります。
なぜならば、メーカーと販売店との力関係で、家電業界は、販売店の方が強く、ある大手量販店では
メーカーのものに対し、「売ってやるから、売れる商品をよこせ、その代わり売り上げの3割を販売店がとるよ!」といった状況です。
だから、店頭でちょっとでも売れ行きが悪くなると、ものの展示スペースを更新しなければならないので、価格を下げ、出血価格になる場合もあり、それでも処分できないと、メーカー返品要請といったことにまで行われております。
コンビニ店舗での、商品仕入れは、店独自で決定権がどの程度あるかによりますが、おそらくどの店舗も同じものが置いてある状況から言うと、フランチャイズ契約でのコンビニ本社の権限が強いのでしょう。家電量販店とメーカーとの関係や、食品メーカーと大手スーパーとの関係とは、ちょっと異なるようです。
コンビニ店舗のオーナーは、もともと個人商店を経営されていた方が多いですから、商品を廃棄することに対して、損失が増え経営を苦しめるというよりは、売れる可能性のある食べ物を廃棄することへの罪悪感を強く感じられたのではないでしょうか。
中には、廃棄をやめて、個人料理店に、材料として提供し、収入の少ない人に低価格な定食として振舞っているところまであります。
日本の食糧自給率の低いこと、異常気象によって、飢餓に苦しんでいる人類が、地球上で100万人近くいることは事実です。
大手コンビニ商社は、世界中に店舗を構えるグローバル企業でありますね、だからこそ、この現実をきちんと受け止め、ものが不足しているところに、食料を再配分することが、真の世界的信頼を得られるのではないでしょうか!
2009年8月8日土曜日
2009年8月7日金曜日
天空に視点が向かった日々
こんばんは、一日の行動で、視線はどのあたりを向いていることが多いですか?
8時間睡眠をとっている人であれば、寝相が良ければ、一日の3分の1は正面か、上向きでしょう。
最近、起きている時間内で、正面より下を向いていることが、多くなったと思いませんか?
私は仕事上、ノートパソコンを使う関係で、どうしても目線が下向きになることが多いです。
そのほか、本や資料を読み書きする際の所作として、下向きになります。
それでも、大体8時間勤務だったとすれば、3分の1です。
最近は、目の疲れや肩こりなどから、中古の液晶ディスプレーを借用して、
なるべく、正面をみるようにしています。
ちょっと気になるのが、携帯電話のメールやWEB機能の操作、ポータブルゲームで、
電車の中で長時間下をむくこと。
また街中で歩きながらや、自転車に乗りながらといった所作で下を向いている人が多いことです。
前を見ていないので、前方不注意でぶつかる危険があります。
これにはちょっと異を唱える気分になります。
視線が下に集中したりすると、どうしても姿勢が悪くなり、肩こりやめまいなどで、最悪は
精神的な疲れに陥ってしまうこともあります。
そんな不思議な時代ですが、先月あたりから、皆既日食や、若田光一さんの国際宇宙ステーションでの活動、あるいは、梅雨明けの待望や、天候の急変などで、上空で起きている話題に注目する機会が
多くなってきました。
国際宇宙ステーションは、人工的なものですが、そこから見える地球の姿は、人工では容易に作れない美しさがありますし、そのほかは、人類が生まれる前からある自然現象であります。
人類は、お金や頭を使って何でも、思い通りにすることが可能であると、考えられる方々も一部いますが、そういう人の最終的な目的は、独占欲だと思います。
なぜならば、本来の科学者や研究者は、自然におこる物事の本質、つまり客観的事実を追求することにあるためです。
地動説を訴えた科学者、ガリレオ・ガリレイは、天動説を絶対とする宗教団体の圧力に対して、
「宗教の信仰は信じるが、事実としてそれでも地球は廻っている」という言葉が有名ですね。
身近には、人類が制御できない天候によって、人類の生命線を左右する事態があります。
だから、いろいろな歴史書等には、天空の話題が多いのです。
空よりもメールのほうが大事というのは、少々つまらない世の中だと思いますが、最近日食などで
再び上向き目線の機会が増えたことは、嬉しく思います。
最近の急激な天気の変化による、集中豪雨や雷鳴は、ある意味、自然から人類への訴えなのかもしれません。
8時間睡眠をとっている人であれば、寝相が良ければ、一日の3分の1は正面か、上向きでしょう。
最近、起きている時間内で、正面より下を向いていることが、多くなったと思いませんか?
私は仕事上、ノートパソコンを使う関係で、どうしても目線が下向きになることが多いです。
そのほか、本や資料を読み書きする際の所作として、下向きになります。
それでも、大体8時間勤務だったとすれば、3分の1です。
最近は、目の疲れや肩こりなどから、中古の液晶ディスプレーを借用して、
なるべく、正面をみるようにしています。
ちょっと気になるのが、携帯電話のメールやWEB機能の操作、ポータブルゲームで、
電車の中で長時間下をむくこと。
また街中で歩きながらや、自転車に乗りながらといった所作で下を向いている人が多いことです。
前を見ていないので、前方不注意でぶつかる危険があります。
これにはちょっと異を唱える気分になります。
視線が下に集中したりすると、どうしても姿勢が悪くなり、肩こりやめまいなどで、最悪は
精神的な疲れに陥ってしまうこともあります。
そんな不思議な時代ですが、先月あたりから、皆既日食や、若田光一さんの国際宇宙ステーションでの活動、あるいは、梅雨明けの待望や、天候の急変などで、上空で起きている話題に注目する機会が
多くなってきました。
国際宇宙ステーションは、人工的なものですが、そこから見える地球の姿は、人工では容易に作れない美しさがありますし、そのほかは、人類が生まれる前からある自然現象であります。
人類は、お金や頭を使って何でも、思い通りにすることが可能であると、考えられる方々も一部いますが、そういう人の最終的な目的は、独占欲だと思います。
なぜならば、本来の科学者や研究者は、自然におこる物事の本質、つまり客観的事実を追求することにあるためです。
地動説を訴えた科学者、ガリレオ・ガリレイは、天動説を絶対とする宗教団体の圧力に対して、
「宗教の信仰は信じるが、事実としてそれでも地球は廻っている」という言葉が有名ですね。
身近には、人類が制御できない天候によって、人類の生命線を左右する事態があります。
だから、いろいろな歴史書等には、天空の話題が多いのです。
空よりもメールのほうが大事というのは、少々つまらない世の中だと思いますが、最近日食などで
再び上向き目線の機会が増えたことは、嬉しく思います。
最近の急激な天気の変化による、集中豪雨や雷鳴は、ある意味、自然から人類への訴えなのかもしれません。
2009年8月5日水曜日
改めて考える、うつとは一体
今年は、梅雨明け宣言から、あまり夏らしい気分良く晴れる日が少ないようです。
今年2月半ばから、正式に会社に復職して、いろいろ大小の波を乗り越えてきたと、思っています。
でも、担当医師や、経験者や精神科医が必ずおっしゃるとおり、
このうつとは、ものすごく複雑で、回復するのに長い時間を要することと、
自分で回復したと思って油断すると、再発に陥りやすいということを、最近特に実感いたします。
というのは、ここ最近気候の変化や、職場の空調による体感温度変化もありますし、
つい仕事も夢中でやってしまい、長期戦になっていることに後で気がつき、
家に着くと、急に心身が堪えることが多くなってしまったからです。
また、以前に比べ、朝方に集中力が低下気味になっているのを、感じるためでもあります。
うつは心の病気とも言いますが、実際に脳神経の活動が鈍ることや、
身体の不調に表れるという事実があります。
メカニズムは医学界でも、客観的な研究も現在進行中といったところで、
わかっていない部分も多くあります。
だから、原因を見つけるのに時間を掛けて問診したり、処方も時間を掛けて訓練したりします。
実際に、脳内の思考活動が疲労で低下していることや、
脳内のある部位では、ストレスを過剰に反応するが、ある部分ではほとんど活動が鈍ると、
いったことで、最悪は認知症などの脳機能の低下を招く、との研究発表もあります。
ご存知の通り、人間は脳神経により、感覚を得たり、筋肉に動作指令を与えたりします。
その指令は、脳神経回路が、周りの影響によって、逐次プログラムを更新させたり、
回路の繋ぎ変えをしたりして、複雑な系になっております。
神経回路が複雑であるから、何処か活動に不具合があったときの影響が、
想定しにくいとも考えられます。
その結果、身体に異常はなくても、理由はわからないが体が不調に陥る、
といった現象が現れるのかもしれません。
私自身は、結構つらい状況なのですが、なかなか 身体の怪我のようなことと違い、大した病気ではないという、間違った見方を持つ人が実際多いのも事実です。 そういう対応には私も、大分慣れてきましたが、もう少し社会全体に蔓延しつつある問題と思って考えて欲しいと思っております。
私の場合は、労働組合と、会社から休業補償を頂きましたが、自営の場合はそうはいきません。
また、生命保険も、怪我などの入院とは異なり、医療費がかかるのにも関わらず、生命保険の対象にはなっていない事実もあります。
このことは経験者として、政府厚労省や、自治体などに改善を訴えて生きたい所在であります。
それよりも、まず、同じような人を増やさないように、ひとりひとりに働きかけることが、大事なのかもしれませんね。それは、日々方法を検討しております。
今年2月半ばから、正式に会社に復職して、いろいろ大小の波を乗り越えてきたと、思っています。
でも、担当医師や、経験者や精神科医が必ずおっしゃるとおり、
このうつとは、ものすごく複雑で、回復するのに長い時間を要することと、
自分で回復したと思って油断すると、再発に陥りやすいということを、最近特に実感いたします。
というのは、ここ最近気候の変化や、職場の空調による体感温度変化もありますし、
つい仕事も夢中でやってしまい、長期戦になっていることに後で気がつき、
家に着くと、急に心身が堪えることが多くなってしまったからです。
また、以前に比べ、朝方に集中力が低下気味になっているのを、感じるためでもあります。
うつは心の病気とも言いますが、実際に脳神経の活動が鈍ることや、
身体の不調に表れるという事実があります。
メカニズムは医学界でも、客観的な研究も現在進行中といったところで、
わかっていない部分も多くあります。
だから、原因を見つけるのに時間を掛けて問診したり、処方も時間を掛けて訓練したりします。
実際に、脳内の思考活動が疲労で低下していることや、
脳内のある部位では、ストレスを過剰に反応するが、ある部分ではほとんど活動が鈍ると、
いったことで、最悪は認知症などの脳機能の低下を招く、との研究発表もあります。
ご存知の通り、人間は脳神経により、感覚を得たり、筋肉に動作指令を与えたりします。
その指令は、脳神経回路が、周りの影響によって、逐次プログラムを更新させたり、
回路の繋ぎ変えをしたりして、複雑な系になっております。
神経回路が複雑であるから、何処か活動に不具合があったときの影響が、
想定しにくいとも考えられます。
その結果、身体に異常はなくても、理由はわからないが体が不調に陥る、
といった現象が現れるのかもしれません。
私自身は、結構つらい状況なのですが、なかなか 身体の怪我のようなことと違い、大した病気ではないという、間違った見方を持つ人が実際多いのも事実です。 そういう対応には私も、大分慣れてきましたが、もう少し社会全体に蔓延しつつある問題と思って考えて欲しいと思っております。
私の場合は、労働組合と、会社から休業補償を頂きましたが、自営の場合はそうはいきません。
また、生命保険も、怪我などの入院とは異なり、医療費がかかるのにも関わらず、生命保険の対象にはなっていない事実もあります。
このことは経験者として、政府厚労省や、自治体などに改善を訴えて生きたい所在であります。
それよりも、まず、同じような人を増やさないように、ひとりひとりに働きかけることが、大事なのかもしれませんね。それは、日々方法を検討しております。
2009年8月4日火曜日
弱い犬ほどよく吠える
昨日、NHKのクローズアップ現代という番組を拝見しました。
最近、大企業では、社会的責任という目的の一つの手段として、内部統制機能に、費用と時間と人材をかけることが主流になっています。
これは、エンロン等 アメリカの主要企業が不正を行ってきたことを、企業内で逐次是正できなかったために、不正の内部告発という形で、社会的信用を失ってしまった事例に事を発します。
但し、アメリカのやり方をそのまま、日本企業に導入しようとすると、リスク回避のためのルールを
作りすぎて、何をするにも杓子定規で、個人の許される権限が皆無になり、自発的創造性が生まれない。
また、こんなルールを作ることや運用することに、多大なコストを掛けなければならず、不況下においては、さらに企業活動を切迫する事態となっている。
といったことが問題になっております。
さらに、最悪は、リスク回避の手段として、起こった問題をもみ消すと言ったことになり、本来の目的からすると、本末転倒になる事態もありえます。
昔、学生時代を思い出すと、学校の校則が厳しいところ、自由な雰囲気なところはいろいろ話題になりました。
よく言われるのは、生徒の自主性と、教える側のバランスがうまくとれている学校は、本質から逸脱したような規則を考えたりしていないし、そんなことをしなくても、自分たちで良くする様に考えて上手くいっていることです。
大人になっても、高給取りになっても、自分の肩書きの優位差をたてに、自分の考え通りに一辺倒に押し付け、それ以外には敵意を持つが如く振舞う人は結構います。
自分だけが都合のよいように、規則を作ることが目的になっている人もいるのではないでしょうか?
かつての独裁者もそうですが、自分の作った規則をすべて是とし、良い報告だけに耳を傾ける者は、いずれ遠からず組織を崩壊する方向にしか働きません。
これは自分に反論するものを恐れ、規則を作って排除することでリスク回避する訳ですが、
問題の本質を全く考えて、対応していないからです。
いわば、対策の対策を一生懸命つくって、最後は自分のまわりに防御壁を積み重ね、あげくに外に出ることができなくなってしまう愚かなことと、同類であります。
強いボス犬は、自分の強さと弱点も公開し、仲間の信頼を得ることに尽力するが、
弱い犬は、直ぐに相手を敵視して、威嚇することに、尽力するといったことではないですか、
本当の意味で強い犬が、日本のリーダーや、経営者になってほしいし、どうも最近は弱い犬が
強がってリーダーになっているような気がします。
最近、大企業では、社会的責任という目的の一つの手段として、内部統制機能に、費用と時間と人材をかけることが主流になっています。
これは、エンロン等 アメリカの主要企業が不正を行ってきたことを、企業内で逐次是正できなかったために、不正の内部告発という形で、社会的信用を失ってしまった事例に事を発します。
但し、アメリカのやり方をそのまま、日本企業に導入しようとすると、リスク回避のためのルールを
作りすぎて、何をするにも杓子定規で、個人の許される権限が皆無になり、自発的創造性が生まれない。
また、こんなルールを作ることや運用することに、多大なコストを掛けなければならず、不況下においては、さらに企業活動を切迫する事態となっている。
といったことが問題になっております。
さらに、最悪は、リスク回避の手段として、起こった問題をもみ消すと言ったことになり、本来の目的からすると、本末転倒になる事態もありえます。
昔、学生時代を思い出すと、学校の校則が厳しいところ、自由な雰囲気なところはいろいろ話題になりました。
よく言われるのは、生徒の自主性と、教える側のバランスがうまくとれている学校は、本質から逸脱したような規則を考えたりしていないし、そんなことをしなくても、自分たちで良くする様に考えて上手くいっていることです。
大人になっても、高給取りになっても、自分の肩書きの優位差をたてに、自分の考え通りに一辺倒に押し付け、それ以外には敵意を持つが如く振舞う人は結構います。
自分だけが都合のよいように、規則を作ることが目的になっている人もいるのではないでしょうか?
かつての独裁者もそうですが、自分の作った規則をすべて是とし、良い報告だけに耳を傾ける者は、いずれ遠からず組織を崩壊する方向にしか働きません。
これは自分に反論するものを恐れ、規則を作って排除することでリスク回避する訳ですが、
問題の本質を全く考えて、対応していないからです。
いわば、対策の対策を一生懸命つくって、最後は自分のまわりに防御壁を積み重ね、あげくに外に出ることができなくなってしまう愚かなことと、同類であります。
強いボス犬は、自分の強さと弱点も公開し、仲間の信頼を得ることに尽力するが、
弱い犬は、直ぐに相手を敵視して、威嚇することに、尽力するといったことではないですか、
本当の意味で強い犬が、日本のリーダーや、経営者になってほしいし、どうも最近は弱い犬が
強がってリーダーになっているような気がします。
2009年8月2日日曜日
夏空はどこへ、14年前の様子と似ているのでは
東京は、梅雨明け宣言がされましたが、連日どんより雲に覆われております。
連日テレビで見かける天気図も、日本列島から梅雨前線が見えなくなる日はありません。
気象の見方からは、太平洋高気圧の勢力が、例年に比べ弱いためだといわれています。
そんな状況だからでしょうか、朝起きても何か寝不足を感じますし、
なんとなくいつもより気力が湧いてこない気がします。
世間でも、ビアーガーデンが閑散としていたり、不景気に追い討ちを掛けているような雰囲気もあります。
私が大学の最終学年だった年も、気象庁が梅雨明けを撤回した年で、同じような感じでした。
バブル崩壊のツケで、どこの産業も厳しい向かい風が吹き、就職氷河期がはじまっておりました。
奇しくも、自民党の一部議員の分裂で、日本新党と新進党の躍進で、細川内閣が誕生し、自民党政権が退散したといった、大きな流れがありました。
偶然かもしれませんが、歴史は繰り返すのかもしれません。
必ずしも人為的なものだけが及ぼすものではなく、自然現象もそうかもしれません。
世の中の常は移り変わりゆくもの、諸行無常とは言いますが、ただ一つ言えるのは、
「奢れるものは久しからず」と言う結果になることは、不変なのではないかと思います。
連日テレビで見かける天気図も、日本列島から梅雨前線が見えなくなる日はありません。
気象の見方からは、太平洋高気圧の勢力が、例年に比べ弱いためだといわれています。
そんな状況だからでしょうか、朝起きても何か寝不足を感じますし、
なんとなくいつもより気力が湧いてこない気がします。
世間でも、ビアーガーデンが閑散としていたり、不景気に追い討ちを掛けているような雰囲気もあります。
私が大学の最終学年だった年も、気象庁が梅雨明けを撤回した年で、同じような感じでした。
バブル崩壊のツケで、どこの産業も厳しい向かい風が吹き、就職氷河期がはじまっておりました。
奇しくも、自民党の一部議員の分裂で、日本新党と新進党の躍進で、細川内閣が誕生し、自民党政権が退散したといった、大きな流れがありました。
偶然かもしれませんが、歴史は繰り返すのかもしれません。
必ずしも人為的なものだけが及ぼすものではなく、自然現象もそうかもしれません。
世の中の常は移り変わりゆくもの、諸行無常とは言いますが、ただ一つ言えるのは、
「奢れるものは久しからず」と言う結果になることは、不変なのではないかと思います。
登録:
投稿 (Atom)