2009年9月7日月曜日

文字ではなく、心で通じ合う時代を(再発防止に努めて)

私は、時々朝にめまいがすることがあります。
朝、起床自体は、寝坊することは少ないのですが、とにかく頭がくらっとするときがあります。
一つ、気になる傾向として、血圧が高いことがあります。
とにかく食事や運動など気をつかなければなりません。

正直なところ、復職前の段階より、現在の方が若干、血圧、体脂肪、血糖値など悪くなっています。
自宅療養では、運動の時間も、好きな時にとれたことですし、余計な心配などを考えないようにしていたのだから、実際に仕事につくと、運動不足や、時間に縛られることの見えないストレスがあるのだと思います。
 それ以外にも、コミュニケーションに関することでストレスを感じることもあります。
特に、心のこもらない、事務的(命令的)な対応は、いい気分はしません、干渉しなければ
いいだけなのかもしれませんが、。

 私の様な経験をしたものが、再復帰することは、社会的にも難しいことがあります。
それは、うつは再発率が高い病気だからです。
 もちろん、ストレスの感じ方の軽減など、本人の努力も大事ですが、ここ数年で複数の人が
職場をやむなく外れなければならない状況は、組織で本腰をあげて改善に取り組まなければなりません。
 私が一日一笑と書いているのは、どんな些細なことでも、一日一緒にいる人が顔を合わせて、お互いに話しをすること、その人の表情やしぐさ、声のトーンを感じること。
そういう機会が自然にできるように努めることが大事だと思うからです。
 特にマネージャーやリーダー職の方には、このことの重要性を理解して取り組んでもらいたい。さもないと、若い働き盛りのメンバーを失ってしまうことにもなりかねませんよ。

2009年9月6日日曜日

野村語録:リーダーの器以上に、組織は機能しない。

以前から公言していますように、私は野村克也監督のファンであります。
そして著書や本人の発言内容に、なるほどと思うことが多くあります。

監督は、現在プロ野球で最年長監督として活躍されていますが、初めて南海ホークスの
選手兼監督に就任したのは、ちょうど今の私と同じくらいの年齢で、他チームの監督に
比べて若く、青年監督として活躍されておりました。
 当時のオーナーから、いきなり「君しかおらんのや!」と説得されたそうですが、未だに
この言葉の扱いには注意したいとおっしゃられているところは、納得です。

野村さんの実践された特徴的なことは、決して一般的には強いチームではないが、その中で
適材適所を上手く活かすこと、チームの目標を一つに意思統一すること、各個人の力の中で
元々良いところは活かし、弱点に自分から気がつかせ、克服する武器を見つけさせることで
活躍の場を新たにつかむこと。なのではないでしょうか?

 プロの選手だから、野球のレベルは人並み以上はもっている、だからもし足りないところがあれば、まずは練習で見に付けること、更に一流の選手になるためには、どうしたらよいか?、それは頭を使いなさい。と言うのが、野村さん本人の経験から発言されていることでしょう。

監督として1500勝をあげている実績をもってしても、未だに、あの時は監督の采配が悪いと口にすることもあるし、いろいろな立場を経験して、今まで完璧にわかっていたと思っていたが、違う立場から見ると、全く理解できていないことに気づかされたとも、発言されております。

70歳を超えても、常に向上心と、謙虚さと、実態をきちんと見る。きちんとした理由をもってアクションをとる。といったところが、監督としての実績を長く続けられることだと思いますし、組織もそれに応えてくれているのだと思います。
 そういう実績をみても、野村語録にある「リーダーの器以上に、組織は機能しない」というのは
本当だと思いますし、自分も含めて、常に向上心と謙虚さ、他人に耳をきちんと傾けることを地道に続けること。最近できていないことが多いなと反省する日々です。

2009年9月5日土曜日

大量消費、使い捨て時代からの脱却

プロフィールにあるように、私の職業は、メーカーのエンジニアです。

所謂、デジタル家電といわれるものに関わっております。
いろいろ世の中に出してきたメーカーの立場として、最近の環境破壊や原料不足の中で
最近ふとある葛藤を感じます。
半年ごとに大量生産を、誰のために? 使うユーザーに本当に付加価値を十二分に与えていただいているのか?とです。

マーケティング論では、ユーザー層の中には、開拓者と呼ばれる新し物好きの層があります。
おそらく、WEBのユーザー評価で真っ先に公表する方はこのような層です。
開拓者の口コミを下に、購入を検討する第二の層があります。
 現在、お財布の紐が厳しい中では、同じ機械を何台もとは、なかなかいきませんので、
下取り買い替えとなるパターンが多いと思います。
開拓者の層では、半年前に買ったものを手放すことには、抵抗がない方が多いと考えますし、
第二の層の方は、経済的な状況によって衝動買いするか、我慢するかが変わると考えます。

ノートPC、携帯電話や、薄型テレビ、ハイビジョンレコーダーなどデジタル家電は、シリコンなどの半導体や、電気部品に金、白金、銀、銅、アルミ、液晶やリチウムやニッケル水素電池等、フェライト磁石などのレアメタルと呼ばれる、地球上に存在する量がまれな材料が多く使われています。
 その他、外装や、光学部品などに、プラスチック樹脂やガラスが使われております。

PCやテレビ、携帯電話や、電池などは、最近材料の回収とリサイクルの義務や推奨を促しておりますし、回収費用を予め含めていることや、ある程度の期間使うことを前提に購入する形になります。
 それでも、メーカーは半年ごとに、機能を変えた新商品を出してきます。
最近思うのですが、保障期間や、部品交換や点検が必要な期間まで使われることは、稀になってきてないかと。更には、新機能を売りに商品を世に出してきているのにも関わらず、完全に付加価値を味あう前に、すぐ次のものに買い替えされていないかと。

 なんとなくですが、使い捨て商品と同じ扱いになっている気がしますし、メーカーの心得としてそれでいいのか?との葛藤もあります。
 使い捨てと言っても、富士写真フィルムの、「写るんです」は、きちんと回収、再生ができる仕組みが上手くできていました。

 そこまでとは言わないが、作る側もやりようがある気がします。 
メーカー間で競争もあるのですが、何か目的がずれているようにも感じられます。

日本人は、ものや道具などを、手入れして大事に使うといった価値観がありましたが、
手入れというメンテナンスの面倒さが解消されてしまった製品が多くなった時代、いつのまにか
使い捨てといった価値観が生まれてしまったのでしょうか。

日本の産業構造が、原料を海外輸入に依存度が高い現在、地球環境問題含め、もう一度質実剛健の価値観を見直してみてはどうでしょうか? と日々思います。

2009年9月3日木曜日

Only Love is real

 "Only love is real, Anything is illusion."
Carole King さんの歌詞の一フレーズです。

1970年代 It's too late ,I feel earth to move more ,You've got a friend 等のヒットで、全米のロックの殿堂入りをされたシンガーソングライターとして有名ですが、ベストアルバムにある、一曲の歌詞。
何気なく、久々に聞いてみたら、耳に残るものがありました。

かつて、うつに関する書籍を読んだ時、ある医師は、憂鬱感は、自らの経験から愛情の欠如が伴うと考えたと書かれておりました。
無表情、無言の対話、無意欲な行動など、確かにそうなのかもしれないと今思っています。
私の場合は、その反対の状況として、感情をむき出しにした躁状態と、その逆のうつ状態を繰り返していました。今も時々そのようなときがあります。

憂鬱感は、何かの不安や、不満、不信を強く感じる状況が多いです。そういう意味では、愛情のこもらない、機械的な冷たい対応と言うのは、世の中で生きる上では真ではないのかもしれません。

 初めて行く場所へ旅行に行ったときに感じる不安を、見知らぬ人の心ある一声によって、ほっとすることがあります。
 大手販売店の、マニュアル通りの決まった対応とは、何か違いものを感じます。

今、働く人のうつが増えているのも、一つには、愛情の欠如があるのかもしれません。
メールの文字だけには、見えないおもてなしの心を理解すると、ちょっとでもやってみること
これが何か救いの切っ掛けになると信じています。

2009年9月1日火曜日

経験者としてうつの怖さ、改めて理解を求める

 日本には、戦時中の大和魂と言う、気合で何でもできるという精神論が
未だにまかり通っているのでしょうか。 

 今になって感じることは、どうも、未だに「やる気」=「気合」=「皆に従え」の考えが正論と信じられている方々が多すぎるように思えます。

 はっきり言いますが、職業でプロ意識を持った人は、「やる気」があるのは最低の必須条件。
その中で、いかにして冷静に物事を考えて、準備して、適材適所の行動を遂行できるかが、その人の付加価値の高低です。

 大きな組織となれば、いかにして組織メンバーと目標を意思合わせして、適材適所を考えた作戦と、前向きな行いを遂行できるかです。
 はじめからやる気が無い人はいなく、やる気を失うのはきちんとした理由があるからです。
それを「みんな気合を入れろ!」と、押し付けがましく言うのは、大きな過ちです。

 また、「気合」の精神論で解決できることは、短期間での一発勝負の博打だけです。

 自転車で例えるならば、常に足でこがないと、車輪は前に進みませんし、決して長続きはしません。
 長く継続して前に進むには、こぐ人間の栄養補給をする、体力をつける、自転車のメンテナンスをきちんとやる等の準備が必要なのです。

 私の経験から言いますと、この間違った「気合で解決」を長続きさせた結果、原因不明の心身の不調に陥ったわけです。冷静に考えれば、20歳台の体力でカバーできたことは、現在の年齢では通用しないのは当然です。

 幸い私は、こうして今日も、こんな投稿ができる状況になっていますが、不幸にも思いつめて、身を投じてしまう方も多くいます。
 精神疾患の経験が無い人は、「そんな自分はまさか、ありえない。」と思うかもしれませんが、
いざ実際に経験してみると、負の連鎖で、後ろ向きなことしか、頭の中に浮かばなくなります。

妄想が妄想を呼ぶといった悪循環におちいる状況の怖さを感じます。

「もし、ここで誰かが声を掛けてくれなかったら?」と思います。

私が、特に政府や、厚労省に働きかけたいことは、現在の労働環境における精神疾患の問題について、実態を真摯に受け止め、対策を形だけではなく、経営者への教育や、労働者や、産業医からのフィードバック、産業医の正しい指導が正しく行われているかを、PDCAサイクルをまわす形で実行していただきたいことです。
 間違っても、産業医は、医者の小遣い稼ぎや、天下りのためであってはいけない。経営者や、人事担当者の言いなりではなく、医師として事実をきちんと報告する義務を負う。そのために本来ならばきちんとした資格や研修などが必要と思います。
 残念ながら、私がいる環境では、まだ首をかしげる事態になっております。