2009年7月19日日曜日

ありがとう!の一言が、救いの一歩

かつて。「もらい泣き」の熱唱で有名になった、一青ヨウ(ウ冠に幼)さんの
「月天心」のアルバムに、「アリガ十々」という曲がありました。
 彼女のCDを聞いたからならば、ご存知だと思います。

「千回も、一万回も、 アリガ十々 アリガとう」 と言う歌詞で終わります。

 日本人は、身近な人に感謝の言葉を口に出すことが、照れくさいと思うことが多いかと
思います。
 一方、外国人からみれば、何で日本人は直ぐに、あたまを下げるのだろうと思われることも
多いです。
 
 私が今思うことですが、たとえ自分にとっては、おせっかいなことかもしれなくても、
相手が、御厚意でしていただいたことには、ひとこと感謝の気持ちを口に出してもよいのでは
ないかと思います。

 今自分には、必要は無いときでも、「あなたがやっていただける気持ちは、感謝しております。
でも、今は、私にとっては気持ちだけで結構ですよ。またの機会にやっていただければ助かりますよ」と言ったことです。

 本当に御厚意を頂いたときには、できの良し悪しに関わらず、努力に対しては認め感謝を表わすべきで、その上で、もし不本意ならば、具体的に不足するところを示して、次に相手が考えさせるような選択示を伝えればよいのではないかと思います。

 親子関係ならば、多少命令口調や、感情がこもってしまう言い方があるのは
心を許す中でのコミュニケーションとして、止むを得ないかもしれませんが、
 会社組織の中では、一方的に頭ごなしで命令口調で言われると、カチンと来る部分が
あると思いますし、かつ、感情的に、人格を否定するように、連鎖反応的に、
お前はいつも、とかこないだも、、」と
 余計なことまで言われると、耳栓でもしない限り苦痛に感じてしまうのではないでしょうか?

 このようなやりとりが、長く続いてしまうと、コミュニケーションもギスギスしたものになり
言いたいことが言えずに溜め込んでしまうタイプの人は、精神的に参ってしまうことにつながります。

 特に、電子メールの仕事のやり取りは、結論をまとめ、手短にが原則ですので、時には、相手が
無感情で命令口調的なものに感じられることも少なくありません。
これは、相手が読む際に 趣旨が明確にするためですが、ひとこと付け加えると、誤解による
お互いの嫌な気分に陥ることも軽減されると考えます。

 一番良い方法は、ありがとうときちんと伝えることです。できれば相手の顔の見えるところで、。

自分はすべてが完璧でなんでもできるという考えを、持ち続ける限りはこのことは難しいですが
一度、どん底に落ちて、それから活路を見出した人は、己の欲と限界をうまくコントロールした
アクションをとると思います。

 具体的には、自分以外に協力していただける仲間を増やすことかと思っています。
それは、押し付けるのではなく、お互いに良い方向をめざして一緒にやってもらえると
いう感謝の気持ちが入ることです。

 今 組織のリーダーに、このような懐の深さがどの程度あるかです。
はっきり言いまして、自分の都合のよい人間(イエスマン)ばかり集めるリーダーは
自分を客観的に良し悪しを言ってもらえる者がいないので、うぬぼれに気付かず成長しない。

 独裁国家が今まで、長続きしなかったのことが証明しております。

オバマ大統領は、なぜ、有権者以外にも支持されるのか?
 彼のメッセージからも、いろいろ考えさせられました。

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